"「魚臭いから焼肉屋へ」30人を連れ去った義妹が広めた嘘" 第13話
夕方になり、仕込みが段落した頃。表の引き戸が、カラカラと軽な音をてていた。
のれんをくぐって入ってきたのは、炭焼肉「牛吉」の主、森田さんだった。仕事着のに紺のウインドブレーカーを羽織り、し緊張した面持ちで帳の方へ歩み寄ってくる。
「森田さん……! 先は本当に、ありがとうございました」
私がカウンターからてくをげると、森田さんは慌てたようにきなを振った。
「よしてくれよ奈緒さん。俺は当たりのことをしただけだ。……それより、聞いたぞ。きっちりケジメつけさせたらしいな」
「はい。おかげさまで、全額の回収と、評の訂正が完しました」
「そうか。よかった」
森田さんは底ほっとしたように息を吐き、帳の壁に掛けられた父の写真を見げた。
「親父さんも、葉ので胸を撫でろしてるはずだ。……でな、奈緒さん。今は礼を言われに来たんじゃないんだ」
森田さんは脇に抱えていた黒いレザーのファイルをき、からきっちりと製本された企画を取りした。表には、太いゴシック体でこう印刷されていた。
『商・陸文化連携 季祭典企画案』
「……これは?」
私が尋ねると、森田さんはし照れくさそうに、だが極めて真剣な差しで私を見つめ返した。
「うちの商も、チェーンに押されて々客が落ちてるだろ。
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そこで商会主導で、肉と魚、それぞれの老舗がを組んで、のフードフェスをやろうって企画が持ちがっててな」
森田さんは企画を私の元へ差しした。
「魚の伝統ある魚料理と、うちの肉のコラボだ。……親父さんのと、奈緒さんのその揺るがない仕事のやり方。このイベントのメインとして、ぜひ『魚』の板を貸してほしいんだ」
差しされた企画のい表を、私は指先で見つめた。
胸の奥が、静かに波打っていた。
って湧いたような好に、いがるような気持ちは微も湧かなかった。ただ、みがあった。き父がかつてこのに蒔いた誠実さという種が、という歳を経て、こうして私の目のに戻ってきたのだ。
「森田さん」
私は企画を胸のさまで持ちげ、まっすぐに相の目を見た。
「とても栄なご提案です。……ですが、内のや、父へのご恩返しといった曖昧な理由で引き受けるつもりはありません」
森田さんは驚いたように目を丸くし、それから豪に破顔した。
「ハハッ、さすがだな! 泣いてばれたらどうしようかとったぜ。……商売の話だ。契約条件も、利益の配分も、管理の責任分界点も、全部類にしてある。じっくり目を通して、納得できたらサインしてくれ」
「はい。しっかりと確認させていただきます」
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私はくをげ、差しされたファイルを両でしっかりと受け取った。
父の遺ので交わしたのは、にすがらない、対等な事業主同士の固い握だった。
数週、商の季祭典が正式に幕した。
駅広に特設された巨なテントには、「との饗宴」と染め抜かれた横断幕がにはためいていた。牛吉の炭でばしく焼きげられる極のカルビと、魚が目利きし、秘伝の汁で炊きげた鮭とイクラの親子飯。互いの仕込みと管理を極限まで突き詰めたコラボレーションは、からわずかで蛇の列を作った。
「すげえな、奈緒さん! もう百ちまったぞ!」
額に汗をらせた森田さんが、厨の奥からい歯を見せて叫ぶ。
「ご飯、あと炊きがります! を止めないで!」
私もまた、の袖をまくりげ、次々と運ばれてくる箱に際よくイクラを散らしていった。先で呼び込みをするアルバイトの佐々さんの、弾んだ声が響く。
「いらっしゃいませ! 魚と牛吉の特製、残りわずかとなっております!」
列の先に並んでいたのは、あのさんだった。
「奈緒ちゃん! つ包んでくれ! 親戚のみんなに配るんだ!」
初老の常連客は、照れくさそうにを掻きながら、財布から真しい千円札を差しした。
「あのは本当にすまなかったな。デマに踊らされて、酷いことを言っちまった。……やっぱり奈緒ちゃんの魚じゃなきゃ、うちの法事は務まらねえよ」