"「本当の父親です」と乾杯した夫、148万円の請求書には知らん顔" 第1話
「148万円でございます」
ホテルの宴会支配が差ししてきた、黒い革張りのバインダー。挟まれた請求の数字を見た瞬、喉の奥がカラカラに渇いた。
、、、〇、〇、〇、〇。
何度も桁を数え直した。見違いではない。隣につ夫、健太郎の顔を見る。夫は元のスマートフォンの画面に目を落としたまま、親指で無造作にスクロールを続けていた。
「健太郎、これ」
私が伝票をし傾けて見せると、夫は眉にわずかな皺を寄せ、ひどく億劫そうに線だけを寄越した。
「……何?」
「何って、お会計。148万」
「お、自分のカード持ってるだろ」
吐き捨てるような、あまりにも平然とした声だった。ホテルの広いロビーに、かすかに流れるピアノのBGMがやけににつく。
「……え?」
「くしなよ。支配さん待たせてるだろ」
「待って。数を増やした分は俺がすって、言ったよね? 健太郎が自分で」
その瞬、夫はスマートフォンから完全に顔をげ、まるで端で得体のれない虫でも見るような目を私に向けた。
「は? なんで俺が払うんだよ」
「……何言ってるの?」
「おの親の古希祝いだろ。なんで俺の財布から100万以もさなきゃいけないんだよ。常識で考えろよ」
背筋のあたりから、すうっと体温が引いていくのが分かった。臓が嫌な音をててねる。
「常識……? 当初は12の予定だったのよ。それを55にまで膨らませたのは誰? お義母さんも、妹さんも、あなたの会社関係のまで勝に呼んで……増えた分は全額俺が持つって、あれだけ胸を張っていたじゃない!」
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「それは準備のときの景気づけだろ」
夫はで笑った。切の悪びれもない、乾ききった嘲笑だった。
「本気にしてたのか? 男がで顔をてるために言った言葉を、いちいち真に受けるなよ。おの父親の祝いなんだから、娘のおが払うのが当たりだろ」
支配は歩ほどがった位置で、表を消して静かに俯いている。ロビーのガラス扉の向こうでは、主役だった私の父、野寺修が、タクシーの窓から嬉しそうにを振ってっていくところだった。
父は今で歳になった。ので以、油にまみれてさな精密属加のを営んできた職だ。派なことは嫌う父だから、当初は私たち夫婦と子どもたち、私の弟、両親だけの12で、静かに割烹で事をするはずだった。
それをぶち壊したのが夫だった。
『70の節目だぞ。刈の板背負ってきた親父さんなんだから、盛にやらなきゃ恥ずかしいだろ』そう言って勝に名ホテルの会を押さえ、父が昔教えた職たちや、自分の母親、妹、果ては自分の取引先まで呼び集めた。予算を配する私に、夫は何度も言い切ったのだ。『なら配するな。を増やした責任は俺が取る。男の見せ所だ』と。
宴の、夫はずっと嫌だった。砂の席でマイクを握り、満の拍を浴びながら堂々とスピーチをした。
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『私にとって修さんは、単なる義父ではありません。本当の父親のようなです。こののモノづくりを支えてこられた職の魂を、私はから尊敬しています』
会から割れんばかりの拍が起き、父は照れくさそうにをげていた。夫の母である千代子さんは、番い特選ワインを躊躇なく追加注文し、夫の妹は鮑の鉄板焼きを数分おかわりした。父のれ台を台無しにしたくなくて、私は追加伝票が回ってくるたび、黙ってサインをみ込んだ。夫が払うと言っていたのだから、と信じて。
それが、この結末だった。
「……払わないのね?」
「ああ。払うわけないだろ。おの親だぞ」
夫はもう私を見ていなかった。再びスマートフォンの画面を指で叩き始めている。
ここで鳴りえば、ホテルに醜態を晒すことになる。何より、父が「本当にいいだった、ありがとうな」と笑って帰っていったあの笑顔に、を塗ることになる。
私はく、静かに息を吸い込んだ。の震えを指先で押し殺しながら、バッグから自分のクレジットカードを取りす。
「支配さん」
「はい、佐伯様」
「これでお願いします。括で」
「かしこまりました」
端末がカードを読み取り、子音が鳴る。ピピッ。