"十日間の偽出張と冷めた半熟卵" 第5話
結婚当初の、何度か目玉焼きを作ろうとしたことはあったが、油ねを極端に恐れてフライパンから逃げ回り、いつも焦げた残骸を作りすだけだった。
私が料理の際を良くするにつれ、彼はキッチンにを踏み入れることすらなくなっていたはずだった。
「……いつから、そんなにに目玉焼きが焼けるようになったの?」
私が乾いた声で尋ねると、弘は事も無げに答えた。
「ここヶくらいのだよ。病院でお母さんの付き添いをしている、堂の厨のたちが焼いているのを何度も観察していたら、コツが分かったんだ」
その言葉を聞いた瞬、私ののに温かいは滴も湧かなかった。
代わりに、微細でたい針が、の最も柔らかい部分をチクリとく刺し抜いたような痛みがった。
私はで、あなたの帰りを待って夕を用し続けたのに、あなたはそのについて何つ気に留めなかった。それなのに、の母親のために病院の堂で目玉焼きの焼き方をに学んでいたというのか。
「……ありがとう。そこに置いておいて」
私が淡に告げると、弘は私の嫌を察したのか、居悪そうに肩をすくめた。
「僕は、斎にいるよ」
彼が部をていった、私はめ始めた目玉焼きにフォークを入れた。
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トロリと溢れした半熟の黄を、舌に乗せる。
そのぬるりとした温かいに、胃の腑が激しく波打ち、吐き気が込みげてきた。私はフォークを皿に投げし、ティッシュで元をく拭った。
――弘、あなたは私が目玉焼きを完全にの通った「完熟」でしかべられないことすら、もう忘れてしまったのね。
午の差しが傾き始めた頃、私はコートを羽織ってでへた。
の杏は、半分が鮮やかな黄に染まり、残りの半分はまだ青さを残していた。のたいが吹き抜け、枯葉が私の肩に枚い落ちた。
マンションの敷をて、駅へ続く通りの交差点に差し掛かっただった。
赤信号でち止まった私の界の先に、対向線のコンビニのにまる見覚えのあるいセダンがび込んできた。夫のだった。
助席の窓がいていた。運転席に座る女性が、助席に向かって満面の笑みを向けているのが見えた。米秘の桜だった。
助席に座っているのは、違いなく弘だった。は何かを楽しげに語りい、親密な空気を内に漂わせていた。
桜が何かを話し、のが咲くように屈託なく笑う。弘はスマートフォンから顔をげ、角を柔らかく持ちげて彼女を見つめ返した。
あんなに、おしそうに目を細めて笑う夫の顔を見たのは、体何ぶりだろうか。
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かつて、私だけに向けられていたはずの笑顔だった。
信号が青に変わった。いセダンは滑らかに列に流し、ののをざかっていった。
私は再び赤に変わるまで、横断歩のでのようにち尽くしていた。
激しいりは湧いてこなかった。ただ、背筋が凍りつくような徹な考だけがを支配していた。
――ああ、そういうことだったのね。
今朝の目玉焼き、ぎこちない帰宅の態度、そしての病。すべての辻褄が、音をてて本の線で繋がった瞬だった。
夕方、自宅のドアをけると、リビングのソファで弘がテレビを見ていた。
私が靴を脱ぐ音を聞いても、彼は振り返ることなく画面を見つめたまま言った。
「どこへっていたんだ?」
「散歩よ」
「どうして僕を誘わなかったんだよ」
私は夫の部をややかに見据えながら、静かに告げた。
「あなただって、今の午にかけていたじゃない。違うかしら?」
弘の背がピクリと張った。彼はぎこちない作で振り返り、焦燥を滲ませた瞳で私を見た。
「……見たのか?」
「ええ。あなたと桜さんが、コンビニのにをめているのを見たわ。あの、何を買いにったの?」
弘の顔が瞬で気に変わった。彼はにしていたリモコンを慌ててテーブルに放りし、ごもりながら言い訳を紡ぎ始めた。
「さ、桜さんのお母さんがまだ本調子じゃなくてね。