"6年間の節約生活、夫にとっては「庶民ごっこ」だった" 第6話
ファスナーを閉める属音が、夜の寝に無質に響く。
「自分のカードを全部隠して、裏で私ののき先を『配』し終えてから差しすものは、話しいとは言わない。ただの通告よ」
玄関に向かう私の腕を、夫が掴んだ。 分く、い、職ののひら。 レンガのが染み込んだその指先が、微かに震えていた。
「かないでくれ。……頼むから。俺は、おを傷つけるつもりなんて、これっぽっちもなかったんだ」
その懇願するような瞳を見て、胸の奥が張り裂けそうになった。 憎み切れたら、どんなに楽だっただろう。 ただの嘘つきで、誠実な男だと切り捨てられたら、どれほど救われただろう。
でも、このの温もりも、真面目さも、私を切にしようとして空回りした器用さも、全部ってしまっている。 だからこそ、耐えられなかった。
「ってるわ」
私は夫のを、指先から本ずつ、静かにした。
「あなたが私を傷つけるつもりがなかったことくらい、分かってる。……でもね、蒼太さん。傷つけるつもりがなかったからって、私が傷つかなかったことにはならないの」
ドアノブにをかけ、振り返らずに告げた。
「しばらく、をやしたい」
チェーンをす音が、決定な亀裂の音のように響いた。
関内にある、学代からの友である織のマンションに転がり込んだのは、付が変わる直だった。
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暮らしの織は、突然ボストンバッグを持って現れた私の青ざめた顔を見るなり、何も聞かずに部へ入れてくれた。 いほうじ茶を淹れてくれ、ただ「ゆっくりしな」とだけ言って、客用の布団を敷いてくれた。
暗い部の、井の目をじっと見つめていた。
眠れるはずがなかった。 目を閉じると、の記憶が、古いフィルムのように次々と再される。
元町の骨董で、万千円で見つけたさなチェリー材のダイニングテーブル。 脚が本グラついていて、で買うのを躊躇していたら、夫が「俺が直すから」と言って買ってくれた。 次の曜、夫はホームセンターでカンナとノミを買ってきて、ベランダで半かけてホゾを削り直し、見事にガタつきを直してくれた。
あのの、汗を拭いながら誇らしげに笑っていた夫の顔。
私のくなった父が遺した、歪みかけていた本棚。 夫は仕事終わりの疲れた体で、裏板を全部して補具を打ち直してくれた。
の現でえ切って、度のをした夫。 私が枕元に座り、濡れタオルで何度も額をやし、震えるでおかゆをに運んだ夜。 夫はで潤んだ目で私のを握り、「彩乃がいてくれてよかった」と涙ぐんでいた。
全部、本物だった。 あの活のに、演技なんて秒もなかった。
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夫は本当に、あの慎ましい暮らしをしていたのだ。
……それなら、どうして。 どうして、私にその全部を背負わせたのか。
夫にとっては「いつでも抜けせる全な楽園」だったかもしれない慎ましい暮らしが、私にとっては「絶対に踏みしてはならない崖っぷちの常」だった。 その圧倒な非対称性に、夫は最まで気づいていなかった。
枕に顔を押し当てると、声にならない叫びが喉の奥で詰まった。
翌の午、スマートフォンの画面がった。 実の母からの着信だった。
私はベランダにて、たいのに当たりながら通話ボタンを押した。
「……もしもし、お母さん」
『彩乃? 声、邪でも引いたの?』
受話器の向こうの、穏やかな母の声を聞いた瞬、危うく涙がこぼれそうになった。
「ううん、ちょっと仕事がて込んでて。どうしたの?」
『ううん、したことじゃないんだけどね。お父さんの回忌の法、来の程が決まったから。蒼太さんも、お仕事忙しいでしょうけど、都はどうかしらとって』
蒼太さん。 その名が、胸に鋭く突き刺さる。
母は、夫のことをから気に入っていた。 数はないけれど、娘を切にしてくれる誠実な職さんだと、親戚にも自していた。 もし、あの夫が千億企業の創業で、私たちが今、破綻の危に瀕しているとったら、母はどううだろう。
「……お母さん」
『ん?』
「もしね。もし、切なが、自分にとってすごくなことを、何も隠していたとしたら、お母さんならどうする?」