"「毎日そんなに持ち帰るのか」厳しい常連客が父を見て泣き崩れた" 第15話
自分のを全部捨てて、警備員の夜勤をして……私たちの活を守ってくれてたのよ」
『……え?』
「お父さんは、誰にも頼らなかった。全部で背負い込んで、悪者になって、で潰れていったの。……私、そのお父さんと同じことをしてた。誰のも借りずに、で介護を抱え込んで、『私が全部やらなきゃいけない』ってい込んで……それが親孝だって、勘違いしてたの」
喉が引き裂かれそうだった。
「由紀、ごめんね。あなたに相談もせず、勝にで背負って、勝にあなたを責めてた。……お願い、助けて。私じゃ、もうお父さんを守れない」
受話器の向こうから、い沈黙が流れた。 静まり返った夜のので、微かなをすする音が聞こえた。
『……バカじゃないの、お姉ちゃん』
由紀の声は、震えていた。
『なんで……今更そんなこと言うのよ。私だって……お父さんがを辞めた、どんどんさくなっていく背を見て、ずっと苦しかったんだよ。……お父さんはお姉ちゃんばかりがって、私には何も期待してないって、ずっとってたのに……』
「由紀……」
『……週になら、旦に頼み込んで浅にける。曜の夜なら、私が泊まりで面倒見るよ。だから……で勝に潰れないでよ』
妹の泣き声が、スピーカー越しに私の胸を震わせた。
翌朝、私は域包括支援センターへった。 ケアマネジャーの佐藤さんにをげ、現状をすべて打ちけた。
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介護保険の区分変更を申請し、週に度のショートステイの利用枠を確保するための続きを始してもらった。
私が頑なに拒み続けていた「のを借りること」。 その扉を自分のでけた瞬、呼吸が、信じられないほど軽くなっていくのをじた。
それから週、私たちは慌ただしくいた。
黒田様は、約束を寸分違わず守ってくれた。 自社の物流ネットワークと商の伝を総員し、かつて『ひだまり』に通っていた元常連客たちを探ししてくれたのだ。 「企業の社としてではなく、恩返しをしたいのとして頼む」と、自らをげて回ったのだという。
そして、域文化館のホールを押さえ、かつて父が使っていた料理ノートを基に、再現メニューを調理してくれるのシェフも配された。
イベントの夜。
の準備をすべて終え、私は自宅の台所にっていた。 古い換気扇を回し、にかけた鍋ので、デミグラスソースをべらで静かにかき混ぜる。
の本番ですソースの最終確認だ。 父のノートにかれていた、独自の隠し。 トマトの皮を丁寧に湯剥きし、赤ワインで限界まで煮詰めた、を止める直に落とす数滴の自製リンゴ酢。
酸とコクが絶妙に混ざりった、あの懐かしいりが台所いっぱいに広がる。
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「……ん?」
背で、すりの音がした。
振り返ると、父がパジャマのにカーディガンを羽織り、台所の入りにっていた。 をひくひくとかし、鍋を見つめている。
「お父さん、まだ起きてたの? はいんだから、寝なきゃダメだよ」
私が微笑んで声をかけると、父はふらふらとづいてきて、鍋のを覗き込んだ。 その瞳に、瞬だけ、鋭いが宿る。
「……いい匂いだな」
「そう? ちょっと見してみる?」
私は皿にスプーン杯のソースを取り、しましてから父の元へ運んだ。 父はをけ、舌のでソースを転がした。
数秒の沈黙。
父の喉仏が、ゴクリとした。
「……これだ」
父の掠れた声が、狭い台所に響いた。
「これだよ。……し酸が効いててな。うちのだ」
父の目尻に、い皺が寄った。 その顔は、紛れもなく、かつて浅の裏で厨を仕切っていた、あの誇りき料理の顔だった。
「お父さん、覚えてる?」
私が尋ねると、父は答えなかった。 ただ、線を私の肩越しへと泳がせた。
台所の奥、暗がりが広がる玄関の引き戸のあたりを、じっと見つめている。 焦点のわない、いい所を見つめる目。
そして、父は独り言のように、静かに呟いた。
「……あいつ、今夜はきっと来る」
「え……?」
「腹を空かせてな。ずっと待ってるんだ。……胃が悪いやつだから、スープを柔らかく煮込んでやらねえと」
父の痩せた指先が、空を彷徨うように微かにいていた。