"「毎日そんなに持ち帰るのか」厳しい常連客が父を見て泣き崩れた" 第12話
「やっぱり、諦めきれてなかったんだねえ。あのは、料理の塊みたいな男だったから」
「父は……がちかなくなって畳んだんじゃないですよね? この図面は何ですか? しいをすはずだったんじゃないんですか?」
私の問いに、井さんはゆっくりと茶を啜り、い目を向けた。
「ち退きだよ。あの界隈帯の主がビルを建てるって言いしてね。補償はたが、スズメの涙だった。だが正ちゃんは諦めなかったよ。もっとデカい箱を借りて、浅で番のをやってやるって、毎晩のようにこの図面を持ってうちへみに来てた」
臓が、鐘を打つ。
「じゃあ、なんで……」
「なったんだよ。悪いことは、どうしてか度に押し寄せるもんだ」
井さんは膝のの毛布をぎゅっと握りしめた。
「おの母親の子さん、臓を悪くして入退院を繰り返すようになっただろう。それに加えて、おが京の料理学へきたい、フランスへ留学したいって言いした」
喉がカラカラに乾いていく。
「しいの敷と厨設備で、持ちのはギリギリだった。そこへ子さんの入院費と、おの学費がってきたんだ。両方取るなんて、台無理な話だった」
「……父は、私に何も言いませんでした」
私の声は、震えてかすれていた。
「『女のくせに料理になれるか』って……『のを無駄遣いするな』って、私を鳴りつけたんです。
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私は、父にを踏みにじられたとっていました」
「あのはね、美ちゃん」
井さんは、私の濡れた目を見つめ返した。
「自分のために娘のを諦めさせたなんて、が裂けても言えなかったんだよ。親の威厳ってやつかね。自分が甲斐性なしで、がりないせいでを諦めたなんて、おたちに背負わせたくなかったんだ」
『おに苦労をかけるくらいなら、俺が悪者になった方が何倍もマシだ』
酒に酔った父が、度だけそう言って泣き崩れた夜があったと、井さんは語った。
「舗の契約を破棄した違約を払って、元に残った精杯のを、おのの費用と子さんの医療費に回した。そのは、っての通りだよ。包丁を置いて、ビルの警備員や清掃の夜勤を掛け持ちして……先を油と洗剤で真っ黒にして、定まで働き続けた」
目のが、真っ暗になった。
あんなに誇りく、の汚れつ許さなかった父が。 誰よりも自分の腕を信じていた料理が、厨を奪われ、暗ので警備を着てち続けていた。
その犠牲のに、私の平穏な々があったのだ。
「全部、私のせいだった……」
「違うよ、美ちゃん」
井さんのが、私の張ったのになった。 乾いて節くれだった、温かいのひら。
「親が子をうってのはね、理屈じゃないんだ。
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正ちゃんは、おをんでなんか度もいなかったよ。ただ……料理としての自分に、どうしてもサヨナラが言えなかった。それだけなんだよ」
をたの浅のは、たいが吹き抜けていた。 雑踏の音も、き交う観客の笑い声も、すべてが底の音のようにかった。
そのの夕方、私が働くへ勤すると、裏の控えの空気が異様に張り詰めていた。
同僚の織が、ロッカーので私を待ち構えていた。 その目には、隠しきれない好奇と、わずかな侮蔑のが浮かんでいる。
「佐伯さん。さっき、黒田会がいらしてたわよ」
臓がねた。
「……黒田様が?」
「ええ。林と奥の応接で、もう以も話し込んでる。あなたのご指名だってさ。の常連さんにそこまで個に取り入るなんて、した営業力ね」
嘲笑を含んだ言葉を無し、私はエプロンを締めるもなく、事務へと向かった。
ノックをしてドアをけると、と黒田様が向かいって座っていた。 デスクのには、分いファイルと、数枚の図面が広げられている。
「佐伯さん、ちょうどよかった。入ってちょうだい」
の声は、普段の静さを失って微かにずっていた。 黒田様は、私が入ってきたのを見ても表を崩さず、静かにちがった。
「黒田様……どうしてこちらへ」
私が警戒を込めて尋ねると、黒田様はデスクのの図面を指先でトントンと叩いた。