"「毎日そんなに持ち帰るのか」厳しい常連客が父を見て泣き崩れた" 第6話
「佐伯さん、私です。……昔、ツケでご飯をべさせてもらっていた、あのの……黒田です」
父は私のろから恐る恐る顔をし、黒田様の顔をまじまじと見つめた。 けれど、その瞳には何のも宿らない。 ただ、見らぬに話しかけられた認症の老特の、所なさげな困惑が浮かんでいるだけだった。
父はゆっくりと、力なく首を横に振った。
「……すみませんねえ。私のりいに、こんな派な方はいなかったようにうんですが……」
丁寧すぎる、酷なまでの忘却。 黒田様の唇が、激しくわなないた。 絶望と、激痛と、そしてというのさが、その背にくのしかかったように見えた。
そして次の瞬、信じられない景が起きた。
ざわめく展示ホールのど真んで。 周囲の観客たちが何事かとを止めるで。
あの傲なまでに堂々としていた富豪の黒田様が、音をててそのに両膝をついたのだ。
「え……? ちょっ、黒田様!?」
私が鳴のような声をげるのも構わず、黒田様は板張りのに両をつき、額がに届くほどく、くをげた。 企業の会が、擦り切れたを着た認症の老の元に、なりふり構わず平伏している。
「黒田様、やめてください! 顔をげてください!」
私が叫んでも、黒田様は微だにしなかった。 に落ちた鏡の奥から、ボロボロと粒の涙が零れ落ち、板に黒い染みを作っていく。
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絞りすような、慟哭にい声が、静まり返ったホールに響き渡った。
「あの……あなたがに入れてくれなかったら……私は、とっくに野垂れんでいました……っ」
私のから、域文化館の黄いパンフレットが無音で滑り落ち、へとひらひらとい落ちた。
膝をついたまま肩を震わせて泣き続ける富豪と、何も理解できずにただ怯えたようにち尽くす私の父。
、こののに、体何があったというのか。 更で私をたく見ろしていたあの鋭い線の裏に、どれほどの絶望と恩義が隠されていたのか。
私はただ、息の仕方を忘れたように、その景を見つめ続けることしかできなかった。
周りの空気が、瞬で凍りついた。
ざわめいていた文化館の展示ホールから、潮が引くように音が消える。 通りかかった配の夫婦がを止め、受付にいた職員が血相を変えてこちらを見ている。
に両膝をつき、額を板張りに擦りつけるように平伏しているのは、都内数の物流企業を率いるあの黒田修様だ。 仕ての良いカシミヤのコートの裾が、埃っぽいに無造作に投げされている。
「黒田様……! お願いですから、おちになってください!」
私はに返り、慌てて黒田様の腕を取ろうとした。 触れた袖ので、筋肉が鉄のように直しているのが分かる。
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柄な体が、刻みに、まるで怯えた子供のように震えていた。
「佐伯さん……私は、ずっと……」
掠れた声が、板に反射してくぐもって響く。 鏡のレンズは涙で完全に曇り、企業の会という肩きも、威厳も、すべてが剥ぎ取られていた。
父はといえば、私の背にぴったりとを寄せたまま、ただ目を黒させている。 自分の元でが泣き崩れている理由が、どうしても処理できないのだ。
「……美、このは誰だい? 俺は何か、失礼なことでもしたかね」
そうに私のコートの袖を引っ張る父。 その声には、かつての頑固親父の面など微も残っていない。
「違うよ、お父さん。何でもないから」
私は父のを握り返し、必で呼吸をえた。 館内の職員がりでづいてくるのが界に入る。 これ以、ここで騒ぎをきくするわけにはいかない。 父の壊れかけた常を守るためにも、そして何より、この所で過を晒けしている黒田様の尊厳のためにも。
「黒田様。……所を、変えましょう」
私のい、だが毅然とした声に、黒田様はようやく顔をげた。 充血した両目が、ぼんやりと私を捉える。 差しした私のにすがるようにして、震える膝に力を込め、ゆっくりとちがった。
文化館の裏にある、昔ながらの純喫茶に入った。 曜の昼がり、奥のボックス席には幸いの客の姿はない。
注文した温かいミルクティーをに置くと、父はしたように角砂糖をつ入れ、のスプーンでカチャカチャと音をてて混ぜ始めた。