"新調した下着と消えた八百万円" 第10話
元夫の転落や義実の凋落に復讐のを覚えなかったと言えば嘘になるかもしれない。だが、それ以に彼女を満たしたのは、「自分の尊厳を、自分の志で守り抜いた」という確かな応えだった。
社内で設されたデザイン戦略のチーフに抜擢され、クライアントのまいをトータルプロデュースする毎は忙を極めたが、その疲れはかつての「をすり減らす疲弊」とはまったく異なっていた。自分のでち、自分ので考え、誰かに媚びることなく自分の実力で得た報酬で賃を払い、々の糧を得る。その当たりの自こそが、く抉られたの傷を塞ぎ、彼女の失われていた骨杖を取り戻してくれたのだ。
澪はソファからちがり、クローゼットの扉をゆっくりといた。
には、清潔にアイロンがけされた質なシャツや、シルエットの美しいストレートパンツが然と並んでいる。 ふと線をろし、チェストの引きしにを伸ばした。段目の奥に、葉に包まれて切に仕われているものがある。
ネイビーのレースのランジェリー。
あの、の空に怯え、夫の気を惹くためにすがるようないで買い求め、に着け、そして無残に拒絶されたあの着だ。は、自分のれさと浅ましさの象徴のようにえて、ハサミで切り刻んでゴミ箱に投げ捨てようとさえったものだった。
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だが、澪は捨てなかった。 指先でそっと、繊細なレースの縁を撫でる。
(……もう、恥じることなんて何つない)
あのの自分は、ただ必だったのだ。夫婦という形を守りたくて、もう度温もりを取り戻したくて、器用にもがいていただけだ。結果として裏切られ、踏みにじられたとしても、を真っ直ぐにそうとしたその痛々しいまでの誠実さを、自分自が否定してやる筋いなどどこにもない。あの惨めな夜があったからこそ、彼女は目を覚まし、自分のでちがるさをに入れたのだから。
「ありがとう。もう、丈夫だから」
誰に告げるでもなくさく呟き、引きしをそっと押し戻した。それは過の傷痕を消しるのではなく、傷ごと自分を受け入れた証だった。
澪はドレッサーのへと歩みをめ、鏡の正面にった。 きな鏡には、の陽を背に受けたのの女性が映っている。
以は、メイクをするでさえ「貴之に老けたとわれないように」「清潔のある良妻に見えるように」と、常にの評価ばかりを気にしていた。無難なベージュやいブラウンばかりを選び、自分の輪郭を消して、誰かの望む「都のいい妻」という額縁に収まろうとしていたのだ。
だが、今の彼女の元にあるのは、自分で選んだ透のあるコーラルピンクのリップスティックだった。
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キャップをし、繰りした先を唇にそっと滑らせる。 しっとりとした潤いとともに、く塗ったのリップが、を受けて柔らかく輝いていた。
ファンデーションはく、素肌の呼吸を妨げない程度にえられ、眉は自然なアーチを描いている。代を迎えて刻まれた目尻の細かなすらも、荒波を乗り越えてきた自分だけの誇らしいのようにえた。
鏡のの女性は、しだけびた、けれど芯の通った、美しい微笑みを浮かべていた。 男の嫌にされる脆い笑顔ではない。自分を慈しみ、自分のをせるだけが宿すことのできる、内側から溢れるような静かなだった。
その、ローテーブルののスマートフォンが鳴った。 微かな子音が、陽だまりので軽やかにねる。
画面を覗き込むと、設計部の同期であり、あの暗のどん底から澪のを引っ張りげてくれた唯無の親友、結からのメッセージだった。
『今の夜、例のイタリアン予約取れたよ! しいを祝って、パーッともう!』
語尾には、ワイングラスが激しく打ちわされる賑やかなスタンプが添えられている。 あの興信所を紹介してくれた、結は「泣き寝入りして庭内居候で終わる気?」と容赦のない言葉で澪の甘えを断ち切ってくれた。