"新調した下着と消えた八百万円" 第3話
「ううん、いいよ。疲れてたんでしょ」
「うん。今週ずっと構造計算のチェックで現と揉めててさ。今夜ももしかしたら、急な打ちわせが入るかもしれないんだ」
「そうなんだ。変だね」
「悪いけど、夕飯は適当に済ませるから、澪も自分の分だけでいいよ」
貴之はそう言い残すと、カバンをに取り、玄関へと向かった。
「ってきます」
「ってらっしゃい」
属音をててドアが閉まり、部に静寂が戻った。
澪は残されたトーストの焦げ目をぼんやりと見つめながら、昨夜からずっと喉に刺さっていた骨のような違について考えていた。
貴之の言葉は、いつも完璧だった。言い訳も、謝罪も、常の報告も、何つ破綻がない。けれど、その完璧さこそが、かえって気悪くえた。
澪はキッチンの片付けを終えると、洗濯カゴのに放り込まれていた貴之の昨のシャツとスラックスをに取った。クリーニングにすものと、自宅で洗うものを分けるため、スラックスのポケットを改める。
指先に、いの触が触れた。
何気なく引き抜いたその片を見て、澪の指がぴたりと止まった。
それは、駐の領収だった。
付は、昨の曜。は、午分から午分まで。 利用所の欄には、『タイムズ横浜駅第5』と印字されていた。
広告
(横浜……?)
澪は眉をひそめた。 昨の曜、貴之は「千葉の幕張にある埋めての現事務所に直直帰する」と言っていたはずだった。千葉の現へっていたはずのが、なぜ平の真昼に、まったく方角の違う横浜のコインパーキングにをめているのか。
さらに、ポケットの奥からもう枚、さく折り畳まれたがてきた。
それは、ドラッグストアのレシートだった。 購入は、同じく曜の午分。 購入品目は、清涼菓子と、名メーカーの男性用スキンケアローション、そして――携帯用の類消臭スプレー。
澪の臓が、トクン、と嫌なね方をした。
貴之は、昔から無頓着な男だった。化粧など度も自分で買ったことがなく、澪がドラッグストアで買ってきた価なオールインワンジェルを、呂がりに適当に顔に塗りたくるようなだった。そんな彼が、なぜわざわざ先の横浜で、千百円もするメンズ用ローションと消臭スプレーを買う必があるのか。
消臭スプレー。 誰かの匂いを、あるいは、自分についた匂いを消すためのもの。
澪のがかすかに震え始めた。 彼女は自分のスマートフォンを取りし、共カレンダーを確認した。曜の貴之の予定欄には、確かに『幕張プロジェクト・現配筋検査(終直)』とき込まれていた。
広告
「……嘘をついてたの?」
誰もいないリビングに、自分の呟きが落ちた。
澪は呼吸を繰り返し、え切っていく指先を温めるように両を擦りわせた。 ただの勘違いかもしれない。現が急に変更になっただけかもしれない。横浜にち寄る別の用事があったのかもしれない。 そう自分に言い聞かせようとした。けれど、昨夜の「疲れたから今くのやめよっか?」というあの酷なほど軽やかな拒絶が、黒いとなって考を塗りつぶしていく。
私を抱くのは「疲れる」けれど、平の午に横浜へく体力はある。
その疑が度芽えてしまうと、過のあらゆる些細な来事が、気なを帯びて澪の脳裏に蘇ってきた。
貴之がスマートフォンをテーブルのに置く、必ず画面を伏せるようになったこと。 浴にスマートフォンを持ち込むが増えたこと。 休にを洗する頻度が、この数ヶで急激に増えたこと。 そして何よりも、澪が触れようとすると、まるで静気でも避けるかのように、さりげなく距を取るようになったこと。
澪は壁の計を見げた。勤まで、まだ分の余裕があった。
彼女は衝に突きかされるように、玄関の靴箱のから貴之ののスマートキーを掴み取った。
エレベーターをり、暗い駐へ向かう。
貴之が通勤に使っている黒のステーションワゴンが、静かに佇んでいた。