"私を笑った義母が、帰り際に「結婚しないで」と手紙を残した" 第4話
あのは本なのか、それとも私を試す罠なのか。
どれだけ画面を睨みつけても、追伸のメッセージが届くことはなかった。
結局、その夜はもできなかった。 ベッドに入っても、目を閉じれば昼の広の笑い声と、の内で直が吐き捨てた言葉がの奥でリフレインする。
『祖父の次は父、その次は俺がになる。それまでしてくれればいい』 『母さんだって、ずっとしてるんだから』
、私が信じてきた直の姿が、黒いインクを垂らしたように濁っていく。 あの優しさは、ただ波をてないための処世術だったのか。 相の顔を窺い、従順にをげ、その鬱屈を未来の妻に転嫁するための隠れ蓑だったのか。
朝が来て、鉛のようにい体を引きずって烏丸御池の事務所へ向かった。
デスクに座り、図面を広げても線が歪んで見える。 築の町を舗兼居にリノベーションする型案件のプランニング。本来なら番やりがいをじる作業なのに、ペンのインクが図面の点に滲んでいくだけだった。
昼過ぎ、事務所のドアベルが軽やかに鳴った。
「美穂、入っていい?」
顔をげると、袋を提げた直がっていた。
いつも通りの、仕てのいいシャツ。 清潔のある柔らかい笑顔。 には、私が好きな烏丸通沿いのベーカリーのサンドイッチと、温かいカフェラテのカップがつ握られていた。
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「現くまで来たからさ。昨、疲れてただろ? ちゃんとべてるか配で」
机のに袋を置き、私の肩にポンと優しくを置く。 そののひらの温もりが、昨夜の内の記憶と激しく衝突して、背筋にたい悪寒がった。
「……ありがとう」
喉の奥から絞りすように答えると、直はし眉をげて私の顔を覗き込んできた。
「まだってる? 昨はごめんね。俺も言い方が悪かった」
あっさりと、悪びれもせずににされた謝罪。
「実の親戚って、どうしても昔気質だからさ。俺もに入ってうまくち回れなくて。でも、美穂を傷つけるつもりは本当になかったんだよ」
悪気はなかった。 傷つけるつもりはなかった。 そうやっていつも、直はすべてを「仕方のない状況」にすり替えてきたのだ。
私は机のの図面に線を落としたまま、静かに息を吸った。
「直。あので、お母さんが言ったこと、もう度いしてみて」
「母さんのこと?」
「私、のことは何つできないって言われたのよ。親戚ので、笑い者にされたの」
直は困ったように部を掻き、いつもの調子で微笑んだ。
「だから、あれは母さんの器用な照れ隠しだって。嫁になる子が優秀すぎてがいと、親戚から嫌を言われるからさ。昔の特の、内を落として謙遜するやつだよ。美穂が気にすることないって」
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嘘をついている顔ではなかった。 本気でそうい込んでいるのだ。 母が自分を削り、者を削って差しす歪んだ謙遜を、この男は「親戚づきあいの恵」として当たりに受け入れている。
「……そう」
「ほら、めないうちにべよう。来週、結婚式のの振り込みもあるし、週末にでもプランの最終確認しようね」
サンドイッチを取りし、私のに差しす直の指先を見つめながら、私は密かに決を固めていた。
この男の言葉を、これ以そのまま信じることはできない。
千鶴さんから次の連絡が入ったのは、それからの午だった。
『、。条原町の裏にある喫茶へ来てください。息子には、仕事の打ちわせだと伝えてあります』
指定されたは、観客で賑わう通りから本入った、の狭い古い純喫茶だった。 暗い内にはジャズが静かに流れ、ビロード張りのソファの奥に、千鶴さんの姿があった。
あのの藤のアンサンブルではない。 毛玉のついたなグレーのカーディガンに、ノーメイクにい顔。 広で親戚に酒を注いで回っていたの、貼りついたような笑顔は完全に消えっていた。
私が席にづくと、千鶴さんはハッと顔をげ、さくを縮めた。
「……わざわざ、すみません」
向かいって座ると、千鶴さんはテーブルのに置いた自分の両をギュッと握りしめた。