みかん小説
本棚

"顔合わせの個室で、相手の母親は私の過去に怯えていた" 第19話

直さんの目から、粒の涙が零れ落ちた。 それは母親へのりであり、同に、これまで母親の異常さに目をつぶり、逃げ続けてきた自分自への痛烈な悔の涙だった。

玲子さんはもう、何も言い返すことができなかった。 完璧に結いげられていたはずの髪は乱れ、胸元の翡翠の帯留めが虚しくっている。 世体という名の仮面を剥ぎ取られたその姿は、ただ自分の保のためにのを弄んだ、惨めなの罪に過ぎなかった。

部のに、い静寂が戻ってきた。

私はゆっくりとちがった。 膝のを払い、乱れのないスーツの裾をえる。

「黒田様」

私の呼びかけに、玲子さんが恐る恐る顔をげた。

「私は今、梨の母親として、この席に参りました」

私は切のを交えず、ただ事実だけを告げた。

「の業務につきましては、元請けの事務所を通じて正式な請をいただいておりますので、、正規の続きに従って事実のみを証言いたします。私なでこれ以お話しすることはございません」

プロとしての、絶対の線引き。 相がどれほど汚いを使ってこようと、私は私の原則を捨てない。 その毅然とした態度こそが、玲子さんの貧しい価値観を何よりも鮮やかに打ち砕いていた。

正彦さんが、く、腰を折って私と梨にをげた。

広告

「青さん。梨さん。……本は、取り返しのつかないご無礼をいたしました。すべては、私の監督届と、愚かな内の犯した罪です。より、お詫び申しげます」

「社、をおげください」

私は穏やかに言った。

「本の会は、ここまでにいたしましょう」

正彦さんは顔をげ、頷いた。 そして、にへたり込んだままの妻を瞥した。

「柄の話は、で聞く。……玲子、別へこう。おが会社に対して何をしたのか、野寺さんと弁護士ので、すべて話してもらう」

正彦さんに腕を引かれ、玲子さんはをもつれさせながら、逃げるように部をてった。 かつて見せつけていたあの傲な背は、さく縮こまり、度と私の方を振り返ることはなかった。

料亭の玄関をると、え切ったの空気が頬を撫でた。

庭の々が、に擦れてサラサラと音をてている。 緊張の糸が解け、肺の奥から温かい息がく抜けていった。

「……青さん」

背から、掠れた声がした。 振り返ると、直さんがっていた。 たいに吹かれながら、々と、面に額がつくほどにをげている。

「本当に……申し訳ありませんでした。僕が、母の異常さにく気づいていれば……おにあんな酷いいをさせずに済んだのに」

「直さん」

梨が歩み寄り、静かに声をかけた。

「をげて」

広告

直さんがゆっくりと顔をげた。その瞳は赤く腫れがっていた。

「僕……梨さんと結婚する資格なんて、ありません。自分の母親があんな犯罪まがいのことをしていて、それを隠すためにを傷つけて……どの面をげて、梨さんの隣にいればいいのか分かりません」

絞りすような直さんの言葉に、梨は首を横に振った。

「資格があるかないかを決めるのは、あなたのお母様じゃないわ。直さん、あなた自よ」

梨はまっすぐに未婚夫を見つめた。

「今、あなたが私のでお母様と対峙してくれたこと、嬉しかった。でもね、私は親の罪をあなたに背負わせるつもりはないし、あなたの謝罪を受け取ってすぐに『はい、元通り』にするつもりもない」

「梨さん……」

「私たちは、しをかけるべきだとう」

梨の声には、検事としての徹さではなく、の自したとしての確固たる志が宿っていた。

「あなたがこれから、ご両親とどう向きい、どうやってのとして独した境界線を引くのか……それを見届けたいの。結婚式は、当分延期にしましょう。婚姻届をすのも、お互いが完全に納得できたでいい」

厳しい言葉だった。 けれど、それは逃げを塞ぐためのものではなく、対等なパートナーとしてきていくための、誠実な提案だった。

直さんは唇を噛み締め、涙を拭った。

「……分かりました。僕は、実をます。母が犯したことの清算にも、弁護士としてではなく、息子として最までち会います。

広告

おすすめ作品

リンクを共有

以下のリンクをコピーして友達と共有してください: