"顔合わせの個室で、相手の母親は私の過去に怯えていた" 第17話
玲子さんは勝ち誇ったように顎をげ、私を値踏みするように見つめている。
「ええ。籍を入れたことはありません」
私は背筋を伸ばしたまま、まっすぐにその線を受け止めた。
「ひとりで育ててまいりました。梨がになるまで、何ひとつ恥じることなく暮らしてきたつもりです」
「恥じるだなんて、そんなこと申しげていませんわ」
玲子さんはふふ、と喉の奥で嘲笑を漏らした。 その瞳には、獲物を追い詰めた獣のような品なが宿っている。
「ただね、直は黒田の男ですし、弁護士です。親戚や取引先のというものがありますでしょう? 柄も分からない方と、親戚付きいをするわけにはいきませんから」
「母さん!」
直さんがちがりかけ、座布団ので拳を震わせた。
「いい加減にしてくれ! 今はそういう話をするじゃないって言っただろう! 梨さんのお母さんに、どれだけ無礼なことを言えば気が済むんだ!」
「無礼? 息子の結婚相の元を気にするのが、親として当然でしょう!」
玲子さんは息子の抗議をすると、今度は梨へとねめつけるような線を向けた。
「検事さんならごじのはずよね。父親の名も言えないような庭から、黒田に嫁ぐおつもりなの?」
梨がすっと顔をげた。 切の揺を見せず、法廷につと同じ、徹な静寂を纏った瞳。
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「私は、母のを詮索されるいわれはありません」
透き通るような声が、個の空気を切り拓く。
「私の仕事や性を見ていただくなら分かります。けれど、母の過を暴くことが結婚の条件だというのなら、このお話自体をお受けするわけにはいきません」
「あら、ずいぶん気のいこと」
玲子さんは先で笑い、私を指弾するようにを乗りした。 そして、自らの破滅を決定づけるあの言を、滑らかににしたのだ。
「の会社の懐事を嗅ぎ回るようなお仕事をしてきたなら、類枚、素性ひとつ隠すことがどれほど誠実か、にしみて分かっていらっしゃるはずでしょう?」
個の空気が、完全に凍りついた。
正彦さんが、元のお猪をピタリと止めた。 直さんが息を呑み、目を見いて母親を見つめている。
私は、ゆっくりと息を吐きした。 そして、膝のにねていたを解き、静かに玲子さんの目を見据えた。
「黒田様」
私の声は、自分でも驚くほどく、落ち着いていた。
「どうして私の昔の仕事のことを、ごじなのですか?」
玲子さんの表が、ピキリと凍りついた。
「え……?」
「私は今、直さんにも、黒田社にも、昔どのような会社の帳簿を扱ってきたかなど、言も申しげておりません。なぜあなたが、私の過の業務内容をごじなのですか?」
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「そ、それは……」
玲子さんの瞳が、激しく泳いだ。 唇がさく痙攣し、訪問着の膝を掴む指先がく張っていく。
正彦さんの線が、妻の横顔に突き刺さった。
「玲子。お……青さんのお仕事を、以からっていたのか?」
「ち、違うわよあなた! 直から聞いたのよ! 帳簿の理をしているって――」
「帳簿の理とは言いましたが、の会社の懐事を嗅ぎ回る仕事だなんて、僕は言も言っていません!」
直さんの声が、個に轟いた。
逃げを失った玲子さんの顔から、急速に血の気が引いていく。 化粧のの肌が、気に変していくのが目に見えて分かった。
そのだった。
コン、コン。
静謐な空を破るように、引き戸がノックされた。
「失礼いたします」
仲居の声とともに、の襖が静かにへ引かれた。
そこにっていたのは、チャコールグレーのスーツをに纏った、髪混じりの男性だった。 には、分い革のビジネスバッグ。 、会社の台骨を数字の面から支えてきたの、研ぎ澄まされた佇まい。
正彦さんが、痛む腰を庇いながらゆっくりとちがった。
「……野寺さん」
野寺さんは正彦さんにく礼し、それから、部のにいる全員を見渡した。 そして、私の顔を認めた瞬、その目をわずかに見いた。
「……青さん」
野寺さんは歩、畳のにを踏み入れた。
周囲の張り詰めた空気などに介さないかのように、まっすぐに私を見つめ、はっきりとその言葉を発した。