"顔合わせの個室で、相手の母親は私の過去に怯えていた" 第6話
「守秘義務を守ることは、この仕事を続けるでの最限の倫理ですので」
『そう。……なら、いいのよ。変なことを聞いて悪かったわね。失礼します』
ツーツーツー……。
方に話が切られた。
私は受話器を握りしめたまま、しばらくそのにち尽くしていた。 のひらに、じっとりとたい汗が滲んでいる。
違いない。 黒田玲子は、何かを恐れている。 そしてその恐怖の対象は、私の「未婚の母」という過などではない。
私が過に扱った、仕事の記憶だ。
私は受話器を置き、オフィスの番奥にあるスチール製の型保管庫へと歩み寄った。
事務所の片隅に鎮座する、暗証番号式の耐庫。 そこには、過10に私が請け負った業務の作業誌、業務委託契約の控え、そして守秘義務の範囲内で法に保管が認められている「業務完報告」の副本が眠っている。
暗証番号を打ち込み、い属扉をに引く。 微かなとインクの匂いが漂った。
棚のインデックスを指先でなぞる。 「平成30」……いや、違う。だ。 暦で言えば、。
私の指が、冊の分いバインダーの背表で止まった。
『提携会計事務所案件・部受託業務綴』
背表を引き抜き、デスクの蛍灯のに置く。 パラパラとページをめくる。 当、私が懇にしていた会計事務所のシニアパートナーから、「急ぎで過3期分の取引伝票と総勘定元帳の突きわせを伝ってほしい」
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と依頼された案件があった。 クライアントの社内監査に先つ、事の帳簿理。 部の独した記帳員として、客観に数字の性を洗うだけの期プロジェクトだったはずだ。
ページをめくる私のが、ある企業概のシートでピタリと止まった。
『クライアント名:黒田メディカル・システムズ株式会社』 『代表取締役:黒田正彦』
臓が、鐘を打つ。
黒田メディカル・システムズ。 直さんの父親が経営する会社。 そして、その請け理案件に、私は確かに携わっていたのだ。 当、私は元請けの会計事務所のオフィスに缶詰めになって作業をしていたため、黒田社本と直接顔をわせることはなかった。 だから、直さんから父親の会社名を聞いたも、数くのクライアントのひとつとして、記憶の表面に浮かびがってこなかったのだ。
震える指で、当の私のきの作業メモをめくる。
そこには、私が赤ペンできく疑問符をき込んだ、連の審な取引記録が残されていた。
特定の医療消耗品の仕入れ価格が、同期の社相に比べて律25パーセントから30パーセントく設定されていること。 そして、その自然な仕入れが発するのと軌をにして、毎のように額の「販売促コンサルティング料」が、ある部の個企業へ支払われていること。
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で数千万円にのぼる資の流。 だが、そのコンサルティング会社がどのような業務をったのかを示す報告も、議事録も、納品物も、伝票の裏には切添付されていなかった。
当の私の業務メモが、々しく蘇る。
『○○:記コンサルティング費用について、業務実態を示す証憑(業務報告、契約原本、役員会承認決議録)の提示を元請けを通じて請』 『○○:クライアント側担当者より「社内承認済みの既定事項であり、部の記帳員がを挟む筋いのものではない」との回答あり』 『○○:証憑の提なき、完報告において「使途および架空取引の疑いあり」との注記を付す旨を通告』
私は当、ただ自分の職業倫理に従っただけだった。 裏付けのない支を、正規の経費として帳簿に載せるわけにはいかない。 たとえ社が承認していようと、実態のない取引なら「」とくのが、帳簿を預かるの責務だ。
だが、その注記を付すと通告した翌週、事態は唐突に幕をろした。
メモの最のページ。 赤インクのスタンプが、斜めに乱暴に押されている。
【顧客側の都により、業務委託契約を途解除】 【以の精査は。全資料をクライアントへ返却】
元請けの事務所から、「先方のトップからい横槍が入って、この調査自体がになった」