"顔合わせの個室で、相手の母親は私の過去に怯えていた" 第4話
いつも穏やかな彼の声が、ひどくく張っている。
「……母のことで、お話ししなければならないことがありまして」
私の元で、ボールペンの先がピタリと止まった。
「顔わせの件かしら」
「はい。昨、もう度母と話をしたんです。僕たちの結婚に、梨さんの父親の素性なんて関係ないって、何度も説得しました。でも……母はどうしても譲らなくて。『父親の名と職業がかされない限り、正式な席にはられない』と言い張るんです」
「……そう」
胃のあたりに、い鉛を呑み込まされたような覚が広がる。
「僕が『それなら両親抜きでだけで入籍する』と言ったら、今度は親戚にを回して結婚を止めさせるとまで言いして……本当にけないです。僕の力で、青さんと梨さんにこんな嫌ないをさせてしまって」
「謝らないで、直さん。あなたが悪いわけではないのだから」
私は努めて静かに言葉を返した。 ここで私が取り乱せば、番苦しむのはに挟まれている直さんと梨だ。
けれど、直さんがごもりながら続けた次の言葉に、私はわず息を呑んだ。
「それと、青さん。……母の様子が、しおかしいんです」
「おかしいって、何が?」
「父親のことを執拗に聞いてくるだけなら、いつもの母の性格だとえるんです。でも……母、なぜか青さんの事務所のことを、異常なほど細かく探ろうとしていて」
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受話器を持つ指先に、ぐっと力が入る。
「私の、事務所のこと?」
「はい。個でどんなクライアントを抱えているのかとか、昔、どんな規模の会社の帳簿を理していたのかとか……『あのは本当にただの記帳係なのか』って、何度も僕に問い詰めてくるんです。僕が『そんなのらないし、関係ないだろう』と答えたら、ひどく苛った様子で部に閉じこもってしまって……」
直さんの困惑した声が、くから聞こえるような気がした。
どういうことだろう。 息子の結婚相の母親の、仕事の内容? 個事務所の記帳係が、名の母親にとってそれほど警戒すべきものなのだろうか。 学歴や資産ならまだ分かる。 だが、過にどんな会社の帳簿を扱っていたかなど、結婚の条件としてあまりにも自然すぎる。
胸の奥に、ざらりとした奇妙な違が沈殿していく。
「分かりました、直さん。教えてくれてありがとう。度、私と直接お話ししましょうか。梨には内緒で、しだけお茶でもみながら」
「……すみません、青さん。よろしくお願いします」
話を切った、私はしばらく受話器にを置いたまま、くことができなかった。 窓のでは、港から吹き付けるがビルの隙を抜けて、い唸り声をげている。
父親の素性をりたがる母親。 そして、私の過の仕事を異常なまでに気にする母親。
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そのつの点が、見えない細い糸で繋がっているような――そんな得体のれない予が、私の背筋をじわじわといがっていた。
翌の夕方、私は馬にある古い喫茶で、直さんと向かいっていた。
な革張りのソファ、ステンドグラスから差し込む琥珀の。 運ばれてきたブレンドコーヒーからちる湯気を挟んで、直さんはくをげた。
「本当に申し訳ありません、青さん。僕がもっとく母を抑え込んでいれば、こんなことには……」
「顔をげてください、直さん」
私は穏やかに言った。 直さんの目のには、濃い隈ができている。 ここ数、母親とので激しい衝突を繰り返してきたことが、そのやつれた表から痛いほど伝わってきた。
「私はね、あなたを責めるつもりで呼んだのではないのよ。ただ、ひとつだけ確認しておきたいことがあったの」
「確認、ですか?」
「ええ」
私は直さんの目をまっすぐに見つめた。
「もし、顔わせの当、お母様が私の未婚の過を理由に、梨を激しく責めてたら……あなたはどうするつもり?」
直さんの呼吸が、瞬止まった。
「それは……」
「『母さん、やめてくれ』と宥めるだけ? それとも、母親の顔を窺って、そのを曖昧にやり過ごすのかしら」
厳しい言葉だとは分かっていた。 けれど、これは娘のこれからのがかかっている問題なのだ。
親の支配から逃れられず、理尽な攻撃に対してただを縮めるだけの男なら、いくら弁護士として優秀であっても、梨を託すことはできない。