みかん小説
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"顔合わせの個室で、相手の母親は私の過去に怯えていた" 第2話

そのだった。

コン、コン。

静謐な内に、控えめだが確固たるノックの音が響いた。

「失礼いたします」

仲居の声とともに、の引き戸が静かにく。 配膳のが止まったままの個に、全員の線が吸い寄せられた。

そこにっていたのは、仲居の背から覗く、チャコールグレーのスーツを着た髪混じりの男性だった。 齢は60代半ば。 えられたなりと、数字の現にを置いてきた特の、研ぎ澄まされた徹な差し。

正彦さんが、怪訝そうに眉を寄せてちがった。

「……野寺さん? どうしてここに。約束は、ののはずだが」

会社の元財務部――。 事に直さんから、父親がこの同じホテルの別で、昔の会社の関係者と簡単な打ちわせを控えていると聞いていた。 それが、このだったのか。

だが、部の入りにった野寺という男性は、正彦さんの問いかけに答えるよりも先に、線を私の顔に留めた。

男性の目が、わずかに見かれる。

「……青、さん?」

私の記憶の奥底で、埃をかぶっていた引きしが、音をてて引きされた。

野寺さんは信じられないものを見るように私を見つめ、それから、周囲の凍りついた空気に構うこともなく、はっきりとその言葉をにした。

「青さん。の件で、確認したいことがあるのですが」

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その瞬。

「ッ……!」

隣の席で、く息を呑む音がした。

玲子さんだった。

さっきまで見すような笑いを浮かべていたその顔から、すっと、完全に血の気が引いていた。 肌が気に変わり、膝のに置かれた両が目に見えて震えている。 元のお猪が揺れ、のテーブルに数滴の酒がこぼれ落ちた。

玲子さんの瞳は、幽霊でも見たかのように野寺さんに釘付けになり、それから、ゆっくりと私へと向けられた。 そこにあるのは優越でも傲さでもない。 正体を暴かれそうになったが浮かべる、純粋な恐怖だった。

……このは。

胃の奥が、ぎゅっと締め付けられる。

このは、最初からっていたのだ。 私が誰であるかを。 私が、何を見て、何の類を作ったかを。

娘の父親が誰かなんて、どうでもよかったのだ。 このが本当に排除したかったのは、私の過ではなく――。

私の記憶は、週の、あの静かな事務所の午へと気に引き戻されていた。

横浜・関内。 港当の面を残す古いビルがち並ぶ角に、私の仕事がある。

築40を超える雑居ビルの3階。 エレベーターをりてすぐの鉄扉に、「青会計事務」とだけ記されたさなプレートを掲げている。

カタカタと、使い慣れた卓を叩く乾いた音が部に響く。 机のには、所のや文具卸の会社から預かった領収と伝票の。

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私は今で53歳になる。 商簿記1級の資格を取り、代の頃からにこの仕事を続けてきた。 税理士や公認会計士の資格を持っているわけではないから、法定の監査や税務申告の代理業務はできない。 提携している税理士の先に引き渡すための、正確な次決算の補助、試算表の作成、原価計算の補助資料の理。 それが私の領分だった。

で、派さのかけらもない仕事だ。 けれど、私はこの仕事に誇りを持っていた。

数字は嘘をつかない。 で誤魔化そうとしても、最には帳尻がわなくなる。 誰がどれだけ綺麗事を並べても、伝票の枚、振込先のに、の本性がそのまま刻まれる。 その潔さが、私にはよかった。

「お母さん、まだやってるの?」

事務所のドアがき、梨が顔をしたのは、がすっかりに染まった頃だった。 横浜検での執務を終えてち寄ったのだろう。 ダークグレーのパンツスーツにトレンチコートを羽織り、にはデパの惣菜が入った袋を提げている。

「ちょうど今、伝票の入力が終わったところよ。お疲れ様、今も遅かったのね」

「うん。取り調べが引いちゃって」

梨はさく息を吐きながら、応接用のパイプ子に腰をろした。 24歳で司法試験に格し、検事になって5。 親で、決して経済に余裕があるとは言えない環境で育った娘は、音ひとつ吐かずに自分のを切り拓いた。

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