"頭からビール、五十人が平伏す" 第3話
最級の島紬のが、首元から肩へ、そして胸元の帯へと、苦しい黒褐に濡れ染まっていく。撥ねた沫が、隣に座っていた君代の肩にもさく散った。君代は息を呑み、震える両で元を覆った。
最の滴が滴り落ちるまで注ぎ切ると、勢子は空になったいガラス瓶を、ガシャンときな音をててテーブルに叩きつけた。
その勢いを緩めることなく、勢子ののひらは、濡れそぼったの髪のえ際を鷲掴みにした。
「ひざまずきなさいよ!」
勢子は体を乗せて、のを力任せに引きずりろした。
畳まれた着物の膝が、ビールでびしょ濡れになったの絨毯のへと、ドサリと落ちた。
「あはははっ!」
勢子は喉の奥から狂気じみた笑い声を絞りし、周囲を見回した。
「学のトイレでも、こうやってべたいつくばってたわよね! あのは君代がに割って入って庇ってくれたけどさあ、もう誰もあんたのにったりしないわよ!」
だが、の線は、濡れたなど見ていなかった。
皮を激しく引っ張られ、激痛がっているはずの体勢のまま、は首をねじり、掴まれた髪の隙から、真っ直ぐに勢子の瞳を見げていた。
その瞳の奥には、恐怖も、絶望も、片の屈もなかった。夜空のようにく、静謐なが宿っている。
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「膝をつかせても、判は押しません」
く、揺るぎのない言葉だった。
勢子は歯を剥きしにし、さらに力任せにのをへ押し倒そうとした。だが、の首筋は鉄のように張り、その差しは微も揺らがなかった。
「……っ、このアマ!」
勢子は忌々しそうに舌打ちをすると、掴んでいたの髪を、汚らわしいゴミでも払うかのように乱暴に突き放した。
勢子ののひらには、の黒髪が数本絡みついていた。彼女はそのをドレスの脇で拭うと、の端を吊りげ、歪んだ優越を顔全体に浮かべた。
「いい度胸じゃない。……ねえ、ってる? このホテルの奥の特別広、今夜はうちのたちの貸し切りなのよ」
勢子は胸を張り、会全体に聞こえるように告げた。
「うちの、ヤクザなの。……ちょっと来なさいよ。本物の極に凄まれても、同じが利けるかどうか試してあげるわ」
ヤクザ。
その文字が放たれた瞬、宴会の空気は完全に氷点へと叩き落とされた。
同級たちの顔から、品な好奇の笑みが瞬で消えった。冗談半分で囃してていた男たちが、青ざめて子ごとずさり、器が触れうカタカタという微かな震えだけが内に響く。
暴力団のが現実のものとしてち現れたことに、誰もが底れぬ恐怖をじていた。
だが、はじる様子もなく、額から滴るビールの雫を拭おうともしなかった。
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濡れた着物の両膝に静かにを当てると、凛とした所作で、からすっとちがった。
濡れて束になった髪の奥から、徹な目で勢子を見つめる。
「分かりました」
はくそう答えると、濡れていない着物のの袂へとそっとを差し入れた。
取りされたのは、折り目の正しい真っな麻のハンカチだった。はそれを、隣で怯えて固まっている君代の濡れた肩のに、優しく、音もなく置いた。
君代が驚いて、濡れた瞳をきく見いてを見げる。
は何も言わず、君代の目を見て微かに頷くと、再び勢子のほうへと向き直った。
「きましょう」
勢子は瞬、のあまりのじなさに気圧されそうになったが、すぐにを鳴らし、の細い首を骨が軋むほどの力で鷲掴みにした。
「来なさいよ!」
勢子はを引きずるようにして、宴会のい両きの扉へと向かって歩きした。
はその乱暴な力に抗うことなく、振りほどこうともせず、ただ自分のでしっかりとを踏みしめ、静かについていった。
扉のまで来ると、勢子はを止め、青ざめて固まっている同級たちを勝ち誇ったように振り返った。
「分で判を押させて戻ってくるから、みんなそこで待ってなさいよ!」
勢子がらかに宣言すると、恐怖の奥から卑た好奇を取り戻した数の男たちが、互いに顔を見わせ、ニヤニヤと笑いながら腰を浮かせた。