"恩人の葬儀の裏で、夫は私の実家に値段をつけていた" 第5話
何より、あののからた「向き」「が台」という言葉が、晩、の奥で錆びた釘のように刺さって抜けなかったのだ。
崎駅からバスに揺られ分。 かつて宿町として栄えた古い沿いに、見慣れた階建ての造が静まり返っていた。
軒先に掲げられた『藤本薬』のホーロー板は、ところどころ青い塗料が剥げ落ちている。 兄が以守り続け、義姉の幸恵さんが先のプランターに季節のを絶やさなかった所。 そのプランターのも、主を失ってすっかり乾ききり、枯れたマリーゴールドがにカサカサと音をてていた。
昨夜、バッグの底から握りしめていた真鍮の鍵を、古いシリンダーに差し込む。 カチリ、とさな応えとともに鍵が回った。
玄関の引き戸をけると、の奥をくすぐる独特の匂い。 葛根湯や薬の乾いたり、湿布薬のメントール、そして義姉が毎朝焚いていた檀の。 それらが混ざりった、私の青のすべてが詰まった空気だった。
「……お兄ちゃん。幸恵さん。ただいま」
誰も答えるはずのない暗いに向かって、声が勝にこぼれ落ちた。 靴を脱いでがると、板張りの廊がギシリときしむ。
歳で両親をくし、怯えきっていた私を、はこの廊の先で抱きしめてくれたのだ。
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「真理子ちゃん、お腹空いたでしょう」「温かいうどん、作ってあるからね」。 あのの幸恵さんの温かいの触が、昨のことのように蘇る。
リビングに入り、戸を細くけると、埃まみれのがに筋を引いた。 テーブルのには、義姉が倒れる直まで読んでいたとわれる聞と、湯みの跡がく残った茶托。 常が突然寸断された跡が、痛々しいほど々しく残されている。
「真理子ちゃん? やっぱり、真理子ちゃんだわ」
背から掛けられた突然の声に、臓がねがった。
勝のガラス戸の向こうにっていたのは、所で文具を営んでいる佳代さんだった。 兄夫婦とは以の付きいで、義姉がになってからも、毎のように様子を見に来てくれていただ。
「佳代さん……」
「鍵がいてるのが見えたから、もしやとって。……変だったわね。、終わったんでしょう?」
佳代さんはそう言いながら、に持っていたタッパーを差ししてくれた。 には、義姉が好きだった蕗の煮物が詰まっていた。
「幸恵さんの仏壇に、お線だけでもあげさせてもらっていいかい?」
「ありがとうございます。どうぞがってください」
仏壇にをわせ、くをげる佳代さんのさな背を見つめながら、私は胸が締め付けられるようだった。
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の佳代さんですら、こうして義姉のを悼み、温かい料理を持って駆けつけてくれる。 それなのに、連れ添った私の夫は「これで仕送りが終わる」と笑ったのだ。
お茶を淹れ、テーブルを挟んで座ると、佳代さんは懐かしそうに部を見回した。
「それにしても、真理子ちゃんも忙しいでしょうに。お医者さんの仕事だけでも杯なのに、遺品理までで……あ、でも、旦さんが伝ってくれてるのかい?」
「え?」
湯みを持った指先が、ぴたりと止まった。
「夫が……ですか?」
「ほら、先々週の曜だったかしら。平の昼、旦さんがここに来てたじゃない」
喉の奥が、ぎゅっと狭まる。
「先々週の……曜?」
「ええ。ほら、濃いグレーのスーツを着た若い男のと緒に。うちののを通り過ぎて、このの周りをずいぶんに見て回ってたわよ。裏の駐の幅をメジャーで測ったり、スマホで写真を何枚も撮ったりしてさ」
臓の鼓が、急激にの奥できくなる。 ドクン、ドクン、と穏な警鐘を打ち鳴らす。
「佳代さん……夫は、そのと何を話していましたか?」
私の声音の張りに気づいたのか、佳代さんはし戸惑ったように目を瞬かせた。
「ええと……のにいたにし挨拶したんだけどね。旦さん、『いうちにこのを放す段取りをしてるんです』っておっしゃってたわよ。
連れてた若いは、崎駅にある産の名札をつけてたわ。駅の再発がこの通りまで伸びてくる計画があるかとか、線価がどうとか、ずいぶん細かく聞いてたみたいだけど……あれ、真理子ちゃん、聞いてなかったの?」