"赤字物件と笑う夫、毎月9万の裏口座" 第17話
それは、父が私に残してくれた切な遺産が、形を変えて私を守り続けてくれている証拠だった。
方、直のそのについて、の噂でに入ってきた。
泉麻には完全に切り捨てられ、元同僚の加藤からは違約の支払いを求めて裁判を起こされたという。 会社ではコンプライアンス違反の調査が入り、営業管理職からされ、郊の資材倉庫へと遷された。 毎の与からは、私への返済が粛々と引きされており、築40の呂なしアパートで、カップ麺を啜る々を送っているそうだ。
義母の文子もまた、息子の祥事と警察汰が所にれ渡り、あれほど執着していた「品な奥様」の仮面を剥ぎ取られた。 今では所付きいを切断ち、わずかな国民に縋りながら、ひっそりと息を潜めて暮らしているという。
けれど、私ののには、彼らに対する憎しみも、復讐を遂げたという揚も残っていなかった。
ただ、すぎた悪からようやくめたのだという、静かな凪のようならぎがあるだけだった。
夕暮れ。 私は買いしの帰りに、川の商へとを運んだ。
かつての『浦文具』。 リニューアル事を終えたそのビルの1階には、しく張り替えられた製のドアが設えられていた。
ガラス越しに、温かな球のかりが通りを優しく照らしている。
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ドアをけると、カランコロンと涼やかなベルの音が鳴った。
「いらっしゃいませ!」
作業台から顔をげたのは、仕て用のメジャーを首にかけた佐野律子さんだった。 私の姿を認めるなり、パッと顔を輝かせた。
「恵理さん! 来てくださったんですね!」
「佐野さん、おの調子はどうですか?」
「もう、最ですよ! ビルの耐震補も終わって、井もしくなって……。何より、の通りにしいスーパーができるって聞いて、お直しの予約が先々まで埋まっちゃって!」
佐野さんは嬉しそうに笑いながら、丁寧にアイロンがけされたブラウスをハンガーに掛けた。 しい定期賃貸借契約を結び直し、賃も周辺相に見った適正な額で、田島さんの会社を通じてしっかりと管理されている。
「恵理さん、本当にありがとうございました。あの、恵理さんが諦めずに戦ってくださらなかったら、私、今頃どこで何をしていたか……」
「いいえ。を守ってくれたのは、佐野さんですよ。あなたが毎ここで、真面目に仕事をして灯りを灯し続けてくれたから、父のビルはなずに済んだんです」
内には、懐かしいミシンの油の匂いと、スチームの温かい蒸気が満ちていた。
の奥、かつて父が帳として使っていたスペースには、父が用していた古い製の万てが、今もひっそりと置かれていた。
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指先で、その使い込まれた肌にそっと触れる。
『恵理、建物が古くなってもな、でがちゃんと暮らして、毎灯りがついていれば、価値はなくならないんだよ』
父のい、温かい声が、胸の奥に蘇ってきた。
お父さん。 私、ちゃんと守ったよ。 誰かの顔を伺って、自分を押し殺してきるのは、もうやめたよ。
にると、の宵が静かにを包み込んでいた。 部活帰りの学たちが、笑い声をげながら自転で通りを駆け抜けていく。
の窓から漏れる柔らかなが、私の元をまっすぐに照らしていた。
婚届に判を押したあの、私は居所を失ったのだとっていた。 25ののすべてを奪われ、暗のに放りされたのだと怯えていた。
けれど、違った。
私は何も失ってなどいなかった。 ただ、父が遺してくれたあの扉を、自分ので押しける勇気を取り戻しただけだったのだ。
たい夜が、私の頬を優しく撫でて通り過ぎていく。 私は背筋を伸ばし、しく始まった自分のへと向かって、確かな歩を踏みした。