"赤字物件と笑う夫、毎月9万の裏口座" 第2話
うちの直が今まで面倒を見てあげていたからこそ、破産せずに済んでたのよ。娘の面倒を見てやった夫に対する謝ってものがないのかしら。みっともなくしがみついてないで、さっさと処分しなさい!」
息子の浮気をっていて、婚届を突きつけてきた義母が、今度は「の謝」をにする。 その矛盾に満ちた言葉を聞いた瞬、私のので、張り詰めていた糸が静かに、けれど決定に切れた。
私は持っていたボールペンを、カチリと音をてて机に置いた。
そして、緑の用だけを直のに押し戻した。
「婚届には、署名しました。役所へす続きは、こちらでめます」
「……は? なんだと?」
直の目が点になる。
私はもう1枚の、産の類を元に引き寄せ、つ折りにした。
「婚には同します。でも、この類には署名しません」
「おい、ふざけるな!」
直がテーブルを叩いてちがった。 乗せてあったグラスがカタカタと激しく震え、滴が類の端に散る。
「お、自分が何を言ってるか分かってんのか!? あの物件がどれだけい虫か、俺が毎の収支報告で見せてやってただろ! 赤字を埋めるために俺の遣いまで削ってやってたんだぞ! 恩を仇で返す気か!」
「恩……?」
私はちがり、夫を正面から見据えた。 25、このの嫌を損ねないように、いつもしだけ線を伏せてきてきた。
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その私が、まっすぐに自分を見返していることに、直は瞬たじろいだように喉を鳴らした。
「あなたが本当に私のために管理してくれていたのかどうか、自分で確かめます」
「な……っ!」
「あんた、調子に乗るんじゃないわよ!」 義母が甲い切り声をげたが、私はそれ以、の顔を見ることはしなかった。
バッグに産の類をねじ込み、自分の財布とスマートフォンだけを掴んで、玄関へと向かった。
背から直の鳴り声がんでくる。
「恵理! 待て! おい! その類を置いていけ!」
乱暴に閉めた玄関ドアの音が、夜の宅にく響き渡った。
の空気は、痛いほどたかった。 けれど、照った私の頬には、その気すらどこか救いのようにじられた。
川のあのをいすとき、私の脳裏に浮かぶのは、いつも夕暮れのインクとの匂いだ。
父の——『浦文具』。 駅の商から本入った通りに建つ、細い3階建てのビルだった。
1階が舗で、ノートや鉛、絵の具のほか、隣の学で使う教材をに引き受けていた。 2階と3階には、かつて父が取りを区切って作った、いくつかのさな賃貸スペースがあった。
学の頃、放課はいつもあのの帳が私の居所だった。 製の古いカウンターの隅で宿題をき、に入ってくる所のおばさんや、画用を買いに来る学に「いらっしゃい」
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と声をかける。
父は、器用なだった。 商売らしい笑いは得ではなかったけれど、所の子どもが消しゴムを買いに来れば、を撫でておまけの鉛を本持たせてやるような、そういう温かさを持っていた。
『恵理、建物が古くなってもな、でがちゃんと暮らして、毎灯りがついていれば、価値はなくならないんだよ』
父がよく、のシャッターをろしながら言っていた言葉だ。
母をくにくし、父がで私を育てげてくれた。 その父が倒れ、病院のベッドで息を引き取ったのは、今から5のことだった。
葬儀の席で、直は私のを力く握りしめて言ったのだ。
『恵理はのこととパートで変だろ。文具は畳むにしても、の階の賃貸や、建物の修繕、子の対応は全部俺がやってやるよ。俺は建築設備の卸にいるんだから、業者の配だって顔が利く。任せておけ』
当の私は、夫のその言葉を、の底からありがたいとった。 育児が段落したとはいえ、義母の腰がり始め、事のに通う印刷会社の事務パートで毎が杯だったからだ。
専な賃貸契約や、老朽化した配管のメンテナンスなど、自分には到底に負えないとい込んでいた。
「任せるわ。本当にありがとう」
私はそう言って、父の通帳と建物の権利が入った庫の鍵を、疑いもせず直に預けた。