"「妻のヒモになれ」と笑われた夜、専務が頭を下げた" 第4話
黒川専務が額の脂汗をハンカチで拭う。 その隣で、瀬部の唇が激しく震えていた。 瞳孔がき、焦点が定まらない目で美穂を見つめている。
「と、取締役……? 佐久、美穂……? まさか、あの、リバイバル・プランを策定した……?」
瀬部の元が、目に見えてふらついた。 彼女が社からヘッドハンティングされてきた際、面接の最終関で事業計画を容赦なく論理に解体し、再提を求めた伝説の「社取締役」――その物の正体が、自分が今まさに「無能」「養ってもらえ」と罵倒した冴えない講師の妻だったのだ。
「あ、あの……佐久、先……? いえ、取締役……」
瀬部の声は、先ほどの尊な響きを完全に失い、蚊の鳴くような細い震え声へと変わっていた。
「これは……その、誤解でして……! 私は決して、ご主を侮辱するつもりなど毛なく……! 現のモチベーションをめるための、ほんの、ちょっとした冗談というか……フランクなコミュニケーションのつもりで……!」
醜悪な言い訳が、から溢れる。 先ほどまでの酷な女王のような態度はどこへやら、彼女は必に媚びを売るように両を胸ので揉みしだいていた。
だが、美穂の差しは、氷のようにたかった。
「冗談、ですか」
美穂の声が、会の静寂を静かに撫でていく。
「徒の成績振を特定の講師の責任にすり替え、勢ので格を否定し、配偶者の収入を嘲笑することが、この会社の管理職が言う『冗談』なのですか?」
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「そ、それは……言葉の綾と言いますか……!」
「黒川専務」
美穂は瀬部の釈をあっさりと切り捨て、黒川専務に向き直った。
「私は当事者である佐久講師の配偶者です。したがって、利益相反の観点から、こので瀬部に対する懲罰や事措置を求することはいたしません」
瀬部の顔に、ほんの瞬、縋るような堵のが浮かんだ。 だが、美穂の次の言葉が、その希望を無慈に砕した。
「ただし、独社取締役として、今夜こので確なパワーハラスメントがわれた事実を見過ごすことはできません。会内の防犯カメラ映像、ならびに周囲にいた社員からのヒアリング記録の保全を、コンプライアンス委員会および事部に即請します」
「と、取締役……! そこまで袈裟にしなくても……!」
瀬部が鳴のような声をげた。 だが、美穂はもはや、彼女を瞥することすらしなかった。
「黒川専務、本の経営報告会ですが、私は配偶者が当な扱いを受けた当事者族として、公平な見具申ができる精神状態にありません。本の会議は欠席とし、、取締役会宛に面にて見を提いたします」
「そ、そんな……佐久取締役、どうかそこを何とか……!」
黒川専務が狼狽して引き留めようとするのをで制し、美穂は私に向き直った。 その瞬、能面のように徹だった彼女の瞳に、柔らかな、しかしどこか痛ましそうなが戻った。
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美穂は私のえ切ったにそっと触れた。
「浩さん。帰りましょう」
私は何も言えなかった。 ただ、胸の奥がく焼けるように痛かった。 妻は、私のためにってくれた。 だが、取締役としての権力を振りかざしてそので司をねじ伏せるような真似はしなかった。 公正さを保ち、ルールを守り、それでもなお、私というのの尊厳を、全全霊で守り抜いてくれたのだ。
「……ああ。帰ろう」
私は美穂のを握り返し、クロークに向かった。 預けていた私の物のコートを受け取り、美穂の肩に優しくを添える。
ろを振り返ると、瀬部はそのにち尽くしたまま、抜殻のように目を剥いていた。 同僚たちの線は、もはや私を憐れむものではなかった。 自らの元を揺るがす巨な激震に、ただただ怯えていた。
会をると、の夜の澄んだ空気が、照った頬をよくやしてくれた。 都の層ビル群のかりが、たいアスファルトに滲んでいる。
私たちはしばらく無言のまま、タクシー乗りへと歩いた。 美穂の細い指が、私のコートのポケットので、ぎゅっとく握りしめられていた。
すべてが始まったのは、この夜からだった。 そして、半もの、私がで抱え込み、耐え忍んできた「教での現実」