"朝食を捨てた義母に「二度と台所には立ちません」" 第15話
美容院でセットしてきた髪混じりの髪は、れ毛ひとつなくえられていた。
ただ――。 その両は、きを失ったように、着物の袖ので泳いでいた。
、慶弔のたびに腰に巻きつけていた麻のエプロンがない。 調料の染みも、かつお汁の湯気も纏っていない。 客を迎える「主婦のの主」ではなく、ただのの客のように、義母は玄関ホールにち尽くしていた。
「……お義母さん、よくお似いです」
私が声をかけると、義母の肩がかすかにねた。
線をわせようとしない。 伏せられた瞳の奥で、激しい戸惑いと、世体への恐怖が渦を巻いているのが分かった。
「……親戚が、何て言うか」
掠れた声だった。
「本の叔母さんたち、目が肥えてるのよ。『千代さんの料理はどうしたの』って、絶対に聞かれるわ。……やっぱり、筑煮だけでも、私が今からを……」
「お母さん」
背から、く制する声がんだ。
紺のスーツにを包んだ修平が、リビングから歩みてきた。 には、親戚の座席表と、引き物の目録が握られている。 その指先の親指には、昨ピーラーで切った絆創膏が痛々しく巻かれたままだった。
「仕しの割烹には、親父の還暦祝いだって伝えて、番いい祝膳を作ってもらったんだ。吸い物も、茶碗蒸しも、全部温かい状態でせるように段取りしてある。
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母さんは何も配しなくていい」
義母は息子の顔を、縋るように見つめた。 昨まで「何もできない甘ったれ」だった息子が、のような顔をしての仕切りをしている。 その景そのものが、義母にとっては刃物のように突き刺さっているようだった。
「修平……でも、私が座敷に座ってるなんて、おかしいじゃないの。お酌をして、台所と座敷を往復して……それが私の役目でしょ?」
「今は主役の妻だろ」
修平はく言って、元の計に目を落とした。
「綾子も座布団敷き終わったって言ってる。親父も着替え終わった。……美里、悪いけど、お茶の準備だけ伝ってくれるか」
「はい」
私はく頷き、台所へ向かった。
義母が、廊の真んに取り残される。 エプロンのない腰を、落ち着かなそうに何度もで撫でろしている姿が、界の端に焼き付いた。
半を回ると、玄関のチャイムが絶えなく鳴り響いた。
所沢の隣にむ親戚から、練馬や川越から駆けつけた本の親族まで、総勢。 静まり返っていた本が、瞬くに気とざわめきに包まれていく。
座敷ののには、義父の還暦を祝う真の座布団。 その隣に、の着物を着た義母が、い表のまま正座していた。
畳のには、見事な朱塗りの段が並べられていた。 鯛の姿焼き、数の子、煮鮑、湯葉巻き。
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修平が奔して配した、都内の老舗割烹の特別膳。
「まあ、豪勢だこと」
座に座った本の伯母が、箱の蓋をけて目を細めた。 い、親族ので最ものうるさい老格の女性だ。
「正志さんも無事に還暦を迎えて、本当によかったわね。千代さん、あんたも病やら何やら、本当にご苦労だったでしょう」
義母は引きつった笑みを浮かべ、膝ので指をぎゅっと握りしめた。
「いいえ……お父さんが元気になってくれて、何よりです」
「それにしても、このお料理」
伯母が箱のの煮物に箸を伸ばしかけ、ふとを止めた。 皺の刻まれた眉が、審そうに寄る。
座敷の空気が、かすかに揺れた。
「千代さん。これ、仕しのおじゃない?」
その言が落ちた瞬、賑やかだった座敷のざわめきが、潮が引くように静まり返った。
親戚たちの線が、斉に義母の元へと集まる。
「千代さんの筑煮、親戚みんな楽しみにしてたのよ。お正もお盆も、千代さんのあの濃いめの料理をいただくのが、田のの決まりだったじゃない。……どうしたの? 今はお作りにならなかったの?」
悪気のない、けれど逃げのない刃のような詮索。
義母の顔から、さっと血の気が引いていくのが見えた。 唇が震え、声がない。 、必で守り続けてきた「完璧な主婦」「尽くす嫁」のメッキが、親族全員ので剥ぎ取られていく屈辱。
「あ、あの……それは……」
義母が俯き、膝のの着物のをぐしゃりと握り潰した。