"朝食を捨てた義母に「二度と台所には立ちません」" 第3話
義母のには、菜箸が握られていた。 その指先が、目に入った。
……赤く、腫れがっている。
指の関節は節くれち、皮膚はくを吹き、親指の付け根には幾筋ものあかぎれがっていた。 い洗剤と、たいに晒され続けただ。 爪のえ際は荒れ果て、お世辞にも入れされているとは言えない。
義母の線が、私のに落ちた。 ハンドクリームで入れされた、事務職の私の指先。 その瞬、義母の瞳の奥に、猛烈な憎悪と、それ以の何かがるのを私は見た。
怯えだ。
義母は、自分のを隠すように、エプロンのポケットにねじ込んだ。
「ていきなさい! 伝う気がないなら、顔も見せないで!」
「ええ、失礼します。いってまいります」
私は静かに礼し、玄関へ向かった。
ろで、正志の「おい! 噌汁のが濃すぎてめねえぞ!」という鳴り声と、義母の「今お湯しますから!」という鳴のような甲い声がなった。
玄関のドアを閉めると、朝の気が頬を叩いた。
……あのだ。
駅へ向かう並を歩きながら、私は義母の荒れた指先をいしていた。 、このを守ってきたという言葉。 それは誇りであると同に、あのを縛り付けている呪いそのものに見えた。
けれど、だからといって。 私の尊厳をゴミ箱に捨てていい理由には、絶対にならない。
同居が始まって目の夜。
広告
私は会社の帰りに所沢駅のスーパーで、自分の翌朝用のパンとヨーグルトだけを買い、過ぎにに戻った。
のは、奇妙な静けさに包まれていた。
義父の正志は、テレビのの座子にく沈み込み、代劇の再放送をぼんやりと眺めている。 顔は冴えない。 術の経過は悪くないはずだが、肌がにくすみ、首筋に疲労のが濃い。 卓には、すでにべ終えた皿が散乱していた。
豚肉とキャベツを炒めたものらしい油まみれの皿。 スーパーの惣菜コーナーで買ってきたとわれる、茶いメンチカツのパック。 根の漬物の鉢。
どれも、術の歳がにするには塩分がすぎるものばかりだった。
台所では、換気扇がく唸りをげている。 義母が、シンクに向かって背を丸めていた。
修平の姿はない。 「残業で遅くなる」と、先ほどLINEが言だけ入っていた。 母と妻の戦から逃げしたいだけなのはだった。
私は洗面所でを洗い、リビングの片隅にった。
「お義父さん、体調はいかがですか。の民病院の受診、私がをしますけれど」
正志は私をちらりと見た。 気まずそうに線を泳がせ、喉の奥でさく咳払いをする。
「……ああ。すまんな、美里さん。頼むよ」
正志は、義母ほど私に敵を剥きしにはしなかった。 けれど、妻が嫁に当たり散らしている、度として仲裁に入ろうともしなかった。
広告
関わりたくないのだ。 、庭内の面倒なの摩擦から目を背け、妻に「台所と事」という名の檻を押し付けてしてきたツケが、この男の全から漂っていた。
「おい、千代。茶をくれ」
正志が湯呑みを乱暴にテーブルに置いた。
シンクのにいた義母が、ビクッと肩をねさせる。
「はいはい、今淹れますから」
義母は洗い物の泡がついたを急いで布巾で拭い、急須にを伸ばした。 その取りがおぼつかない。 を引きずるようにして、コンロの横のポットへ向かう。 腰のあたりにを当て、痛みを堪えるように奥歯を噛みしめているのが、横顔からでも分かった。
義母はお茶を淹れて夫のに置き、またりでシンクへ戻った。
子に座る気配すらない。
シンクのにったまま、義母は炊飯器の蓋をけた。 保温ランプが灯る釜の底に、茶碗半分ほどの黄くなったご飯がへばりついている。 義母はしゃもじをに取ると、茶碗によそうことすらせず、そのめかけたご飯をへ運んだ。
ったまま。 流し台のゴミ受けを見ろしながら。
咀嚼する顎のきが、痛々しいほど械だった。 わっているのではない。 ただ、胃袋という袋のに、炭化物を流し込んでいるだけだ。
胸の奥が、ぎゅっと締め付けられた。
……このは、族と緒にご飯をべていない。
朝は族を送りすために戦のような台所にち、夜は夫にい飯をし、息子に来てをわせるためにち働き、残ったや飯をったまま胃に収める。