"親戚の前で、夫が私の給料を義母に差し出した" 第10話
夫の声がわずかに擦り、隣の席の老夫婦が怪訝そうにこちらを振り返った。 夫は慌てて元をナプキンで隠し、目遣いで私を睨みつける。
「たかが万だろ……。たったそれだけので、おはの夫婦の絆を壊す気か?」
の奥で、何かがプツリと切れる音がした。
たかが万。 たったそれだけの。
残業で終際までパソコンと向きい、目の奥を痛めながらに入れたおだ。 将来のためにと、コンビニのコーヒー杯すらして貯めたおだ。
それを、この男は「たかが」と切り捨てた。 そして、自分の見栄を満たすための具として私に差しせと脅している。
「逆よ、悠介さん」
私はバッグから財布を取りし、伝票をに取った。
「たかが万の見栄のために、私への信頼を完全に売りばしたのは、あなたよ」
コース料理の料、分で万千円。 私は万千円の札をテーブルのにきっちりと置いた。
「私の分と、あなたがんだワインの差額です。お釣りは取っておいて」
「おい……美咲、何してんだよ。座れよ!」
ちがった私の腕を、夫が慌てて掴もうとした。 私はそのを鋭く払いのけた。
「触らないで」
く、温度のない声。 夫が息を呑み、縛りに遭ったようにきを止めた。
「替の万円の返済期は、末よ。それと、今夜から私はをます」
広告
「は……? をるって……」
「別居しましょう。これ以、あなたと同じ空で息をするのは無理」
員の「ありがとうございました」という会釈を背に受けながら、私は度も振り返らずにをた。 夜の宮駅へ向かう混みの、夜が照った顔をやしていく。 議なほど、取りは軽かった。
そので川の賃貸マンションに戻った私は、事に配しておいたスーツケースをけた。
持っていくものは、すでに決めてある。 私の名義の賃貸契約、保険証券、帳、埼玉りそなの通帳、実印、そして仕事用のスーツと数分の着替え。 夫ので買ったものなど、この部には何つない。 具もも、で折半して買ったものだ。 未練など、爪の先ほども残っていなかった。
わずか分で荷造りを終え、リビングのローテーブルのに枚の封を置いた。 は、私が署名・捺印した『婚姻費用分担および替返済に関する通』。 同僚の梨から紹介してもらった政士に相談し、事に作成しておいた類だった。
午零。 私はタクシーを呼び、駅のマンスリーマンションへと向かった。 鍵を受け取り、無質で清潔なワンルームのベッドに腰をろした瞬、張り詰めていた糸が緩み、く、い溜息が零れた。
静かだった。
広告
夫の帰宅に怯えることも、義母からの理尽な着信に胸を痛めることもない。 ただ、エアコンの静かな稼働音だけが部を満たしている。
自分の尊厳を取り戻すための代償としては、あまりにもらかな夜だった。
翌週から、夫の周囲で綻びが気に広がり始めた。
私がをて、完全に財布の紐を閉じたという現実は、逃げのない鉄槌となって野を直撃したのだ。
まず破綻したのは、義妹・奈緒の引っ越し計画だった。
期になっても兄からの万円が振り込まれず、産からの督促の話に追い詰められた奈緒は、結局、板の築浅マンションをキャンセルせざるを得なくなった。 当然、付の万円は違約として没収。 仲介業者からもややかな対応をされ、奈緒は泣き叫びながら蕨の実で暴れしたという。
その部始終を、従姉の美紀さんが話で教えてくれた。
「もう凄かったわよ、美咲さん。奈緒ちゃん、『お兄ちゃんが全部嘘つきだった! 私の万円返せ!』ってリビングで皿を割りそうな勢いだったんだから」
「……お義母さんは、どうされたんですか?」
「叔母さん? 最初は『美咲さんがたいせいだ』って喚いてたんだけどね。叔父さんが激してね。『悠介がで見栄を張って招いた結果だ。銭も実から補填するな』って通帳を全部庫に隠しちゃったのよ。
悠介、親戚からも『妹を騙して恥をかかせた見栄っ張り』って完全に孤してるわ」