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"110億円を相続した妻を捨てた夫――30億円の誤算" 第10話

百億円の墓標

アタッシュケースの蓋がかれ、から取りされたのは、数冊の分いバインダーと、最裁判所の認証印が押された公正証の束だった。

私はそれを、達也がいつくばる絨毯のへ、無造作に滑らせて投げ落とした。

バサリ、とい音をてていた類の表を、達也の血った目が捉える。

『相続財産目録ならびに遺言執完報告』

「よく見なさい、達也さん。これが、先週の曜に私が受け取った、母方の叔父からの遺産目録です」

私は切のを交えず、淡々とその数値を読みげた。

「都内等の商業ビル群、国内の国債、メガバンク株主としての議決権株式、そして現預。総額、百億千万円。これが、私が単独で相続した資産の全貌です」

「ひゃ、百億……千万……」

達也の喉から、空気が引きちぎれるような喘鳴が漏れた。線の焦点がわず、数字の羅列のを狂ったように泳いでいる。

「曜の午、私はこの類を胸に抱えて、急いでへ戻りました」

私の徹な声音が、静かに彼らの胸を抉っていく。

「あなたの会社が資繰りで苦しんでいるのをっていたからです。私は、この百億円の遺産を使って、あなたの会社の負債億円をすべて括で完済してあげようと考えていました。借を綺麗にして、今度こそで、穏やかで対等な夫婦としてやり直そうと……そうに決めて、あのリビングの扉のにっていたのです」

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「あ……あああ……!」

達也の顔面が、苦痛と絶望によって奇怪に歪んだ。全が痙攣したように激しく震えす。

彼のので、途方もない喪失の計算が猛スピードで回転しているのがを取るように分かった。

もし、あの曜の午。

浮気相の令嬢との再婚などに現を抜かさず、妻の帰りを温かく迎えていれば。

「いつもありがとう」と、ただ言の謝をにしていれば。

会社の借億円はすべて消滅し、自分はこの巨財閥の最権力者の夫として、正真正銘のセレブ、のの特権階級としての未来をに入れていたのだ。彼が喉からがるほど欲しがっていた富も、位も、名誉も、すべてがのに転がり込んでくるはずだった。

「でも、あなた方はどうしましたか?」

私の声は、容赦なく彼らの急所を刺し貫いた。

「あなた方は、麗さんの父親がすという、たった千万円の持参に目が眩んだ。そして、私を『役たずの貧乏神』と嘲笑い、慰謝料もさないと脅して、あの緑の婚届を投げつけたのです」

「ち、違う……! 俺は……!」

「千万円の銭のために、百億円の富を自らのでドブに捨てた気分はいかがですか? あなたが私を追いすためにサインさせたあの切れは、あなた自の会社とを完全に爆破する、自爆スイッチだったのですよ」

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「うわああああっ!!」

達也は狂乱の叫びをげ、絨毯に自らの額を何度も激突させた。

「俺のが! 俺の百億が! 嘘だ、嘘だと言ってくれ! 俺は何てことを……何て馬鹿なことをしたんだァッ!!」

悔という言葉では到底追いつかない、精神の完全な崩壊だった。彼は自らの髪の毛をむしり取り、血が滲むほど皮を掻き毟りながら、を転げ回った。

失禁して横たわっていたかずもまた、かすれた声で虚空を掴むように腕を伸ばした。

「ひゃ、百億……ハワイ旅……セレブ……あの子を追いさなければ、全部私のものだったのに……返して……私の百億円を返してえぇぇっ!」

自らの欲と邪悪さを棚にげ、ただ逃した富のきさに狂乱する母親。

私はその醜悪極まりない景を、滴のも交えずにややかに見ろしていた。

「美桜……! 頼む、美桜!」

額から血を流した達也が、膝ちになり、私の元へ向かって必にを伸ばしてきた。

「俺が悪かった! 俺が全部悪かったよ! 麗とは今すぐを切る! あんな女、最初から目当てだったんだ! 頼むから、もう度やり直してくれ! 婚届を取りげてくれ!」

と涙と血でぐしゃぐしゃになった顔を晒し、男は私の履いている黒革のパンプスの爪先に縋り付こうとした。

「やり直す?」

私は酷に微笑み、その汚れたをすっと爪先を引いて避けた。

「何を勘違いしているのですか、達也さん。あなたが自ら役所へ提した婚届によって、私とあなたの法な関係は完全に消滅しました。赤のとなったあなたを、私が救う義理などミリもありません」

「そんなこと言うなよ! 夫婦だったじゃないか! していたんだろ!? 俺を見捨てるな!」

「見捨てたのは、あなたの方です」

私はデスクのの万を静かに指先で弄びながら、最の撃を予告した。

「それに……勘違いしないでください。あなたの処刑は、まだ半分しか終わっていませんよ」

達也の狂乱のきが、ピタリと止まった。

血った両目が、怯え切ったを宿して私を見げる。

「……え……?」

「会社を失い、百億円を失った。しかし、の資産をい物にし、私を踏みにじった罪の代償は、まだ円も清算されていません」

私は壁際の塚部へ向かって、静かに頷いて見せた。

それは、民事の破滅劇から、刑事の断罪劇へと移するための、絶対な図だった。

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