"家計を分けた夫と、義家族の食事代72万円" 第2話
しかし、実際の共同活が始まると、すべての事を私が引き受ける方向へと自然に流れていった。
それは、私が妻としての義務から無理をして事をやっていたわけではない。
単に、私自が事を効率にこなすのが好きだったからだ。
のが常に清潔に保たれ、すべての物が頓されていれば、私はかららぎをじることができた。
そして何より、私にとって料理はただの事ではなく、最の趣となっていた。
健は、決して私に完璧な事を求することはなかった。
彼はただ、私が用する適な環境と美しい料理を、当然のこととして静かに受け入れていた。
私は完成した朝の皿を、卓のに並べた。
今のメニューは、昨夜からじっくりと丁寧に煮込んだ牛すね肉の煮込み、形のった美しい汁巻き卵、そして絞りたてのオレンジジュースだった。
健は子に座り、スマートフォンでニュースの画面をスクロールしながら、無言で箸をめた。
私は自分の分のコーヒーをゆっくりとみ干し、テーブルの向こう側に座る夫の顔を見つめた。
彼の線は画面に落ちていたが、眉にいシワを寄せ、何か考え込んでいるように見えた。
しかし、私はあえて彼に何を考えているのか尋ねることはしなかった。
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きていれば誰にでも、自分ののだけで理したい考え事があるものだからだ。
朝を終えると、健が先に席をち、支度をえてをた。
彼は、朝9までに職の朝礼に席しなければならなかった。
彼を見送った、私には勤までにあと30分のが残されていた。
私はシンクに戻り、残った皿を丁寧に洗い、ふきんで気を拭き取った。
その、卓の汚れを綺麗に拭きげ、洗面所に向かって洗濯に汚れたを放り込んだ。
この連の作業は、の習慣によってすべてが械に、かつ素くわれた。
私はほとんど労力をかけることなく、朝の事を完璧に終わらせた。
そして支度をえ、をた。
オフィスでのは、いつものように目まぐるしく忙しく過ぎていった。
国のサプライヤーが、な部品の積みを予定より遅らせたという報告が入ったのだ。
私はすぐさま代替の輸送ルートを探しし、配しなければならなかった。
パソコンの画面に向かい、3回のビデオ会議をこなし、数通のメールを関係各所とやり取りした。
現の通関士と類の細かな調を繰り返し、昼休みになってようやく全ての問題が解決した。
私は報告をまとめ、司である鈴常務のデスクへ向かった。
鈴常務は私の報告を聞き、ただ満そうにく頷くだけだった。
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彼は、私がどんなに最も困難な状況に直面しても、必ず解決策を見つけす能力を持っていることに、もはや驚かなくなっていた。
夕方、退勤した私は、のくにある型スーパーマーケットにち寄った。
は曜だ。
それは、健の族が私たちのにやって来るだった。
この週末の訪問は、過3にわたって定着してしまったがの儀式だった。
すべては、健の兄であると、その妻の結のに、2目の子供がまれてから始まった。
義兄のは38歳で、義姉の結は34歳だった。
彼らの子供たちは2歳違いでて続けにまれ、今は息子たちが10歳と8歳、末の娘が4歳になっていた。
結は24体制で元気な子供たちと格闘しており、常に疲れ切った顔をしていた。
方のはいつも仕事で忙しく、育児に分なを割けていなかった。
その状況を見かねた健との母である良子お義母さんが、ある提案を持ちしてきたのだ。
彼女は言った。
「毎週曜に、里見さんと健のでみんなで集まろうじゃないか」
さらに彼女は理由を付け加えた。
「が広くて里見さんは料理がなんだから、結を週に1だけでも台所の仕事から解放してあげよう」
私はその提案に反対しなかった。
勢のために腕を振るって料理をし、みんなが満そうな顔でべるのを見るのが好きだったからだ。
そして、美しいと言ってくれる褒め言葉を聞くのも嬉しかった。