"六時の椅子" 第2話
の母親
渡辺佳代は、拾い集めた糸巻きを籠へ戻しても、ちろうとしなかった。ハルが子をもう度くと、佳代はそこへ座らず、シャッターに背を向けてった。
「、娘を捜してきました」
「お名は」
「トシ。昭のまれです。柄で、のにさな傷がありました」
ハルはを数えた。昭のなら歳。いまなら歳だ。
「澄子が、トシちゃんを連れていったのを見たんですか」
「私は見ていません。救護所のにそう聞きました。その若いの名が澄子だって。お宅の娘さんかどうか、確かめたくて」
「私も、あのから会っていません」
佳代の肩から力が抜けた。期待して駆け寄ってきたのに、相もらなかったのだ。
「それなら、写真を見せてもらえますか。顔をはっきり」
ハルは包みを解き、写真を渡した。佳代はしばらく眺め、目を伏せた。
「このです。救護所で、配の桶を運んでいた。髪の結び方まで覚えています」
「うちの澄子は、そのころでした」
「誰かに頼まれて働いていたんでしょうか」
「さあ……」
佳代は分ほど、あののことを話した。のが回り、親子で逃げる途、の流れに押されてがれた。娘の赤い襟を追ったが、崩れた塀を迂回するうち見失った。翌朝からくの避難所を探し回り、数ようやく臨救護所へたどり着いた。
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そこで「トシという子を若い女のが世話していた」と聞いたのだった。
「私は声を聞いたわけでも、をつないで歩くのを見たわけでもありません。それなのに、誰かが最まで覚えているはずだとった」
話すうち、佳代のが套の袖を握りしめた。ハルは自分の娘の写真を見せたことが、相のを度に呼び戻したとじた。
ハルの返事に、佳代の顔がくなった。
「お母さんなら、ごじじゃないんですか」
その言葉は、つい先週、ハル自が胸の内で何度も繰り返していたものだった。親なら分かるはずだ。あの子が何を選び、どこへったか。だが、何も分からなかった。
「うちには、の夜を最に戻ってきていないんです」
「そうですか」
佳代は写真を返した。返すつきは丁寧だったが、責める目を隠してはいなかった。
「私は、娘が澄子さんとていったと聞いてから、ずっとその名を覚えていました。あのが何をしたのか、せめてりたいんです」
「私もです」
「お母さんは、待っていればいいかもしれません。でも、私は違う。トシは誰かので、私が捨てたとっているかもしれないんです」
ハルは唇をきかけて閉じた。自分が子に座って待ったと、佳代が歩き続けたは同じではない。
「の朝、またここへ来てください。
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にある類を調べます」
「類?」
「くなった夫が、を捜す伝いをしていました。あのころの名をいたがあるかもしれません」
佳代はし考えてから、裁縫の仕事があると告げた。
「朝ならまで。昼は、仕げないと賃が減るんです」
「では半に」
佳代が帰ると、ハルは子を畳めずにいた。周囲のが次々とく。焼きたての煎餅の匂いが漂ってきた。自分の握っている写真だけが、のままたかった。
へ戻る途、ハルはさな寺のでを止めた。そこには澄子と緒に、よく植を見に来た。桜の季節になると娘は面に落ちたびらを拾って、母の髪に差そうとした。
「そんな子どもみたいなこと、よしなさい」
かつてそう言った声を、急にいした。
夕方、ハルは押し入れの段へを伸ばした。古い帳面や具が積んである。その奥に、紐で結んだ茶い類箱があった。
夫の達吉がくなったのはだった。彼は材の伝いと荷運びをして暮らし、戦しばらくは臨の救護所で必な物を運んでいた。字の苦なの代わりに名をき留めることもあったという。
箱は夫の、度もかなかった。遺品を片づけた、ハルはこの箱だけを元の所へ戻した。何が入っているかは、だいたい像がついたからだ。
澄子がいなくなったの、夫婦は毎晩言い争った。
「もうやめようよ。あの子は帰ってこない」
「帰らないと、まだ決まったわけじゃない」
「何捜せば、気が済むんですか」
達吉はそれから黙ってを集めるようになった。、彼女のらぬうちに森田写真館の主と連れって、焼け跡から引き取られた族写真の持ち主を探す伝いを始めていた。
達吉は戦、写真館の森田と顔をわせるたび「枚でも持ち主が分かればよい」と言っていた。森田は焼け跡から引き取った写真を、戦の注文帳と突きわせていたが、注文帳も全部残っているわけではなかった。達吉は運送の仕事の、役所の掲示板で旧所のを探し、分かることだけを写しにき加えた。箱のに、靴の修理代や当の賃まで記したがあるのはそのためだった。
ハルは夫がそこまでを費やしていたことをらなかった。ろうともしなかった、と言ったほうが正しい。自分が娘の写真を見たくないとき、夫は何をしていたのだろう。
昭の。ハルは娘の写真を燃やしてくれと夫に頼んだ。朝、鏡台に写る写真を見ては、最の言葉をいすのが耐えられなかった。
達吉は「分かった」とも「嫌だ」とも答えなかった。ただ、写真を持ってかけていった。
その枚が、今朝の包みに入っていた。
ハルは箱の紐に指をかけた。結び目はかった。包丁で切れば簡単なのに、切らずにほどこうとして、分もかかった。
蓋を持ちげると、古い墨と埃の匂いがした。
番には、森田写真館の主から達吉へ宛てた葉があった。
《お預かりした写真を来の理で確かめたい。お持ちの控えもご持参ください》
そのに、いを束ねた帳面がある。表には達吉の癖のある字で、こうかれていた。
《昭 引渡し控え。写し》
ハルは膝のへ帳面を置いた。最初の頁にはらないの名、次には子どもの名が何もかれていた。
めくる指が途で止まった。
《渡辺トシ 歳》
その隣に、もうつ、覚えのありすぎる名が記されていた。
《野寺澄子》
ハルは夕飯のを止めるのも忘れ、いことつの名を見つめていた。