みかん小説
本棚

"無職と笑う夫が盗んだ、私のデザイン" 第16話

「復讐……?」

私はわず、く乾いた笑いを漏らした。

「あなたはまだ、そんなにっているのね」

「これからは事も全部俺がやる! おの仕事の邪魔もしない! 稼いだも全部おに渡すから! だから……あの部に戻ってきてくれよ! 夫婦だったんだろ?!」

音が、のに壁のようにり注いでいた。

膝をついて泣き叫ぶ男を見ろしながら、私は確信していた。 このは何つ反省などしていない。

私を傷つけたことを悔いているのではない。 私の才能を踏みにじったことを恥じているのでもない。 ただ、自分に都のいい政婦を失い、自分の自尊を満たしてくれる踏み台を失い、惨めな現実に耐えられなくなったから、泣きついているだけだ。

「也」

私は静かに、傘を握り直した。

「あなたは反省したんじゃないわ。ただ、自分の特権を失って、便になっただけよ」

夫の泣き声がぴたりと止まった。 見げられた瞳に、絶望のが濃く滲む。

「もし私が今でも無収入で、あなたの元に縋り付いていたら、あなたは同じ台を言ったかしら? 『事を全部やる』なんて言った? 絶対に言わなかったはずよ。また親戚ので、パジャマで遊んでるだけだと笑いばしていたはずだわ」

「そ、それは……」

「自分のでちなさい。あなたが今っている所は、あなたが自分で選んだ所よ」

広告

私は鞄から、クリアファイルに挟まれた類を取りした。 濡れないよう、夫の胸元に差しす。

『婚協議』。

弁護士が作成した、財産分与と慰謝料、そして著作権に関する侵を定めた最終だった。

「これにサインして、同封の返信用封筒で弁護士事務所に送りなさい。それが、あなたがとして示せる、最初で最の誠よ」

夫は震えるで類を受け取った。 そののみに耐えかねたように、再び面に額を擦りつけた。

私は背を向け、のへと歩きした。 背から、夫のしゃくりあげるような嗚咽が響いていたが、度とち止まることはなかった。

ヶ。 抜けるような青空が広がったの朝、私は埼玉の区役所の戸籍課のにいた。

カウンターで最の続きを終え、交付されたばかりの戸籍謄本を受け取る。 備考欄に印字された『婚』の文字。 そして、夫の戸籍から除籍され、まれ育った実の姓へと復氏した記録。

指先でその文字をなぞった瞬、胸の奥くに溜まっていたたい澱が、すうっと音をてて消えっていくのをじた。

「……終わったんだ」

ロビーをて、正面玄関の広い階段をりようとした、柱のからがみてきた。

黒いコートを着た夫だった。 協議にサインを交わし、役所へ提する最の瞬を見届けるために来ていたのだ。

広告

顔は相変わらず青かったが、ののような半狂乱の様子は消えていた。 どこか諦め切ったような、静かな虚無がその瞳に宿っていた。

「……美穂」

夫がさく声をかけてきた。 私はを止め、数段の階段から夫を見つめ返した。

「続き、終わったよ」

「そうか」

夫はポケットにを入れたまま、元のコンクリートを見つめた。 のたいが、のを吹き抜けていく。

夫はしばらくを噤んでいたが、やがて何かを絞りすように顔をげた。

「……つだけ、聞かせてくれ」

「何?」

「お……デザイン会社にいた頃から、ずっと優秀だっただろ。独しただって、本当はもっときな仕事を取れる力があったはずだ」

夫の喉仏がした。

「なんで……反論しなかったんだ? で俺が『した仕事じゃない』って言った、なんでらなかった? なんで黙って、飯を作って、俺の靴を磨いてたんだ?」

その問いを聞いた、胸の奥に淡い痛みがった。 りではなく、過の自分に対する痛ましさだった。

「信じたかったからよ」

私の声は、に溶けるように静かだった。

「夫婦って、そういうものだとってた。どちらかがで戦っているなら、どちらかがを守る。あなたが疲れて帰ってくるなら、しでも居のいい所にしたいとってた。私にとって、あなたをてることは、私の誇りだったの」

夫の目が揺らぐ。

「でも、あなたは違った。私の譲歩を、私の『無価値さ』だとい込んだ。

広告

おすすめ作品

リンクを共有

以下のリンクをコピーして友達と共有してください: