"返せなかった六百二十円" 第12話
謝罪では戻らないもの
旬、美佐は本の応接に呼ばれた。い机の向こうに、検査役の真壁と信用の役員が座っている。森崎も席していたが、以のように先にをくことはなかった。
真壁が報告を読みげた。、払戻請求を当に遅らせたのは徳田美佐の独断であり、その為は適切とされた。父が自発に請求を取りげたという記載は根拠を欠き、誤りとして訂正する。確認済とされた印については、本による確認がなく、張所の事務管理に問題があった。宣伝の文面についても、支が作成と配布を指示した事実が確認された。
美佐は、名を呼ばれるたびに背筋を伸ばした。役員が尋ねる。「あなたは、いまでも自分の判断はを守るためだったと考えますか」。美佐はし考えた。「そう考えていました。でも、守る相の決め方を違えました。のを守ろうとして、正しい請求をしたのから、選ぶ会を奪いました」。
「父に対して、特別に厳しくしたのですか」
「父なら待ってくれるとったんです。その甘えもありました。父が待てるかどうか、確認していませんでした」
真壁はき留めた。役員は静かにうなずき、「今は確認の順に従ってほしい」と言った。美佐が最も恐れていたのは、父を理由に自分の過ちをさく見せてしまうことだった。
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ようやく、それをにできた。
続いて森崎が事を説した。「取り付けが続けば、健全な融資先にも響が及ぶ。現が分でないでも、営業を続ける必があった」。それは嘘ではなかった。森崎は支の将来を配していたのだろう。ただ、「いつでも全額支払える」という言葉がき過ぎだったことも認めざるを得なかった。
宣伝について、森崎は「本から正式な承認を受けるに配した」と述べた。父が文面を確認しようとしたに断られたのも、内の続きがっていなかったためだという。真壁は「対文の内容は責任者が確認するものです。印刷業者に責任を負わせることはできません」と言った。美佐は父にその言葉を聞かせたかった。
面談の終わりに、役員は復職を提案した。ただし支の窓ではなく、しばらく本の預事務部で働くことになる。現へ戻りたいという願いとは違ったが、失敗に事務を見直す部署だと説された。美佐は返事を急がなかった。
「つ、お願いがあります」
役員が顔をげた。美佐は、自分が作った受付控えと、父ので作ったさな納帳の見本をした。「預者が、何をいつ請求し、いつ説を受けたかを、自分でも確かめられる式にしたいんです」。役員はを受け取り、真壁へ渡した。
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真壁は「検討する価値があります」と言ったが、採用を約束はしなかった。
美佐は、その慎な返事がうれしかった。今なら、簡単に約束してほしくない。
印刷所へ戻ると、父は械のつを分解していた。と柿崎がねじをし、井が箱へ部品を入れている。売ることに決めた古い断裁だった。父は「ったほど値はつかん」とぼやいたが、を止めなかった。
「械を売らなくても、今の仕事で何とかなるんじゃないの」
「今は何とかなる。だが、来の代まで考えると、あれを置いておく所もも惜しい」
は悔しそうだった。「父ちゃんが若いころから使ってたんだろ」。源吉は「具は使ってなんぼだ。使わなくなったものを事に抱えて、働くのを遅らせたら本末転倒だ」と答えた。は黙って部品を箱へ入れ続けた。美佐には弟の目が赤くなっているのが見えた。
美佐は本での話を伝えた。源吉は「戻れるなら戻ればいい」と言った。なら娘をに置くことがの誇りだったのかもしれない。今の父は、娘が何をするのかを聞こうとしていた。「支じゃなくて、本の事務を見直す仕事なの」。美佐がそう言うと、父は顔をげた。「そんな仕事があるのか。帳面が正しくても、窓のに伝わらんと困るからな」。
会の、美佐は父に『きたくないなら、無理しないで』と言った。
源吉は『俺は預者としてく。おの父親だが、それだけじゃない』と答えた。昔なら娘を守るために先へようとしたかもしれない。今夜は自分が何に困り、何を望むのかを、ほかの預者と並んで話すつもりだった。
会へ入ると、先には美佐を睨んでいた呉の主が、『徳田さん、こちらが空いていますよ』と席を指した。仲直りしたわけではない。けれど誰かの苦を聞くために席を空けることはできる。源吉は軽くをげて座った。
その晩、商で預者向けの説会がかれた。信用からは坂と真壁が来た。森崎は席しなかった。集まったのは数。井の豆腐、呉の主、護婦、ほかにも座を持つ々がいた。美佐は客席のろに座った。自分も、父の族として説を聞くだった。
坂は、が現っている続きと、個別の請求について確認できる窓を説した。分からないことは本に照会すると言した。すると井がった。
「の貼りには、いつでも全額返すといてありましたね。今あれを見たら、どういますか」
坂はしばらく黙り、答えた。「あの文面は、預者の皆様が実際に経験されたことを分に表していませんでした。申し訳ありません」。井は「遅いよ」と言った。しかし席をたなかった。
代わりに、待っていたに豆腐がどんな損をしたかをつずつ話した。
護婦もった。「私は母を入院させるため、着物を質に入れました。がその費用を払ってくれるとはっていません。でも、どんな事で何待たされたのか、記録として残してほしい」。真壁は彼女に個別の申先を案内し、説資料の訂正をめていると伝えた。美佐はそれを聞いて、過ぎた数は戻らないが、言葉を残すことはできるとった。
会が終わると、護婦が美佐に声を掛けた。「あなた、あのの員さんでしょう」。美佐は頷いた。「私、父の請求を止めたことで調査を受けました」と言いかけたが、護婦は「聞いています」と静かに答えた。
「違えたことは、忘れられないといます。でも、お客を見ないふりはしないでください」
美佐はくをげた。謝罪で何もかも済んだとはわない。ただ、から同じ違いを繰り返さないためにできることがあると、初めてえた。
帰り、父と歩きながら、美佐は「本へ戻ろうとう」と言った。源吉は「そうか」と返した。「ただし、今度は分からんことをそのままにしないようにね」と美佐が言うと、父は笑った。「それはおだけじゃなく、俺にも言っとくれ」。
が印刷所へ戻ると、が作りかけのさな帳面を机に並べていた。
最初の頁には、きな文字でこう刷ってあった。《いつ、誰に、何を約束したか》。昔の納帳より数はない。だが美佐は、そのほうがずっと切なことを残せる気がした。