"「私はいつ休めるの?」に夫は「家にいるだろ」と返した" 第8話
鍵の向こうで、テレビのバラエティ番組の笑い声が、さく響いていた。
翌週の曜。 私は通のをダイニングテーブルのに置いた。
『産ヶ母体健診・骨盤ケア来 予約票』
川駅の産婦科クリニックで、産の経過観察とメンタルケアのカウンセリングを受けるための予約だった。
朝を終えた夫に、私は静かに告げた。
「今の午、からまで病院にってくる。悠斗をお願いね」
夫はトーストのパンくずを指で集めながら、怪訝そうに眉を寄せた。
「……? くないか? 健診なんてで終わるだろ」
「産の戻りが悪くて、特別な検査とカウンセリングが入ってるの。予約制だからは変えられない」
嘘ではなかった。 ただ、健診自体はで終わる。残りのを、私はあえて「空」として確保していた。
「……母さんに来てもらうか?」
夫のからた最初の言葉がそれだった。 私はたく夫を見据えた。
「先週、お義母さんに何て言われたか忘れたの? 『度と邪魔しに来ない』って帰られたでしょ。呼べるわけないじゃない」
夫は気まずそうに線を泳がせ、舌打ちをした。
「……分かったよ。くらい、なんとかなるだろ」
「テーブルのに全部いておいたから」
私はキッチンのカウンターを指差した。 そこには、枚のきな付箋が貼ってあった。
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ミルク:14:00と17:00(調乳量は140ml。お湯の温度、まし方、消毒ケースの位置を記載)
オムツ:13:30頃に度確認。背漏れしたの予備肌着はワゴンの段目側。
泣き止まない:縦抱きで背をゆっくりからへさする。絶対に激しく揺さぶらないこと。
緊急:母子帳の表にある児科救急ダイヤル、または私の携帯へ連絡。
これ以ないほど噛み砕いた、業務引き継ぎだった。 これでも「分からなかった」とは言わせない。
正午を過ぎ、私はリュックを背負ってスニーカーを履いた。 玄関のドアノブにをかける。
「じゃあ、ってくるから」
「おう。なるべくく帰ってこいよ」
リビングの奥で、夫はまだ悠斗を抱っこすらしていなかった。 カーペットのに転がされた悠斗が、井を見つめてをパタパタとかしている。
ドアをけ、にた。 ガチャン、とオートロックが閉まる属音が響く。
階段をり、マンションのエントランスをた瞬。
のたいが、私の頬を撫でた。 空が、驚くほどかった。
腕のに何もない。 みがない。 元で泣き声がしない。 何かに怯えて、常に神経を尖らせる必がない。
自分のが、面を踏みしめている覚。 ただそれだけのことなのに、目がくなった。
歩いて川駅へ向かう。 すれ違う々は、誰も私を見ていない。 私はただの、のとして、のを歩いていた。
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クリニックでの問診と診察は、半ほどで終わった。 助産師さんに「お母さん、肩も首もバキバキですね。ちゃんと休めてますか?」と聞かれ、わず言葉を詰まらせそうになったが、なんとか笑顔でやり過ごした。
病院をたのは、午だった。
私は駅の雑居ビルの階にある、さな喫茶に入った。 チェーンではない、し古びた、ジャズが静かに流れるだった。
カウンターの端の席に座り、ブレンドコーヒーを注文した。
数分、い陶器のカップが目のに置かれた。 表面から、柔らかな湯気がちっている。
カップを両で包み込んだ。 温かい。
、に含む。 煎りの苦と、微かな酸が喉を通り抜けていく。
――温かいものを、温かいうちにむ。
いつ以来だろう。 めきった麦茶か、伸びきったうどんか、ちいで胃に流し込むトーストの。 そんなものばかりをにしてきたこのヶ。
子にく背を預け、目を閉じた。 内の静寂が、乾いた砂にが染み込むように、私の疲弊した脳を満たしていく。
これが、普通のが送るなのだ。 夫が「仕事で疲れた」と言いながら、毎当たりに享受している「自分の」なのだ。
その、バッグのでスマートフォンが鋭く震えた。
画面を見る。 夫からのLINEだった。
『予備のオムツ、ワゴンにないんだけど。
どこ?』
計を見る。まだをてから半しか経っていない。