"生け垣を伐った4日後、隣人が青ざめた理由" 第1話
朝のけ垣と隣の甲い声
の初旬、かったの湿気がようやく抜け、抜けるような青空が広がる穏やかな朝のことだった。 私――佐野ふみ子(さの・ふみこ)は、今で歳になる。の初に最の夫・政治(まさじ)を急性筋梗塞で見送って以来、閑静な宅のれにあるこの造平で、静かに暮らしを続けていた。 がの敷の周をぐるりと取り囲むように茂るけ垣は、に政治がこのを築した際、本本丹精込めて植えつけたイヌマキの々である。濃い緑の葉が朝を浴びてしっとりと濡れ、の陽にキラキラとのを弾き返していた。庭のの角には、背丈を優に超える犀(キンモクセイ)が、甘やかなりを漂わせ始めている。
「おはよう、お父さん。今もいいが吹いているよ」 仏壇に供えるための庭を摘もうと、私が腰をかがめて庭履きをつっかけたそのだった。 背から、障りな甲い声がんできた。
「ちょっと! 佐野さん! 聞こえてるんでしょ!?」
振り向くと、がの敷と背わせに建つ隣――ほどに越してきた(みやま)邸の境界フェンス越しに、代半ばの主婦・美津が、仁王ちで眉を吊りげていた。 入れのき届いたパーマヘアに、級ブランドのエプロン。
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そのには、濡れ雑巾が握られていた。
「また落ち葉よ! お宅のイヌマキの葉っぱ、うちの敷だけじゃなくて、うちののフロントガラスにまでべったり張り付いてるのよ! 朝から洗するにもなってちょうだい!」 美津は雑巾をわざとらしく振り回し、がのけ垣を指差して顔を真っ赤にした。
「申し訳ありません、さん。すぐに掃き清めますからね」 私が箒をに取って々とをげると、美津は勝ち誇ったようにを鳴らした。 「だいたいねえ、暮らしの寄りに、こんな巨なけ垣の管理なんて無理に決まってるじゃない! ほら、角の枝なんての方までびしてるわよ! 学の通学なのに、見ているこっちが危なっかしくて仕方ないわ! 見苦しいのよ、本当に!」
胸の奥に、チクリとさな棘が刺さる痛みを覚えた。 反論しようとえば、いくらでもできた。さんのご自の黒塗り級ミニバンは、がとの境界線ギリギリにカーポートを建て、がの敷側にマフラーを向けて毎朝運転をしている。排気ガスの煙も、夜のドアを閉める轟音も、私は今まで度も文句を言ったことはなかった。
だが、私は言い返さなかった。 りを覚えるよりも先に、き夫・政治の癖がの奥に甦ったからだ。
『ふみ子、というものはき物だ。枝がよそ様に迷惑をかけるなら、切るのが筋だ。はまたえるが、としての筋は度曲げたら度と戻らんよ』
几帳面で曲がったことが嫌いだった政治。 は毎のように剪定鋏を握り、測量図と睨みわせながら、ミリの狂いもなくけ垣を然と刈り揃えていたあの広い背。 政治が逝って。私の痛む腰と膝では、梯子に登って所を刈り込むことがどうしてもできなくなっていた。 「すみません、すぐに側の枝も落としますから」 私の静かな謝罪に対し、美津は「先だけなら誰でも言えるわよ!」と吐き捨て、玄関のドアをドカンと激しく閉めてのへと消えていった。