"離婚1時間でカード5枚停止、義母の豪邸宴会が一変" 第6話
夫のらない私
麗の名を見つけた、私は議なほど落ち着いていた。りより先に浮かんだのは、達也がの誕にくれたさなのブレスレットだった。「自分の料から買った」と照れながら差しされた品を、私は何度もにつけていた。あの贈り物まで、誰かの会社から抜き取ったで買われていたのだろうか。
、私は仕事でち寄ったさな喫茶で達也に会った。の夕方、席が空かず困っていた私に、彼は聞を畳んで向かいの子を勧めてくれた。私が仕事の話を切るまで何も聞かず、最に「変そうですね」と言った。その言が、いつも資産額や肩きから話を始めるたちの言葉より、ずっと温かく聞こえた。
私は神堂の継者で、父がくなってからは持株会社の経営を引き継いでいた。達也には、実がさな会社を経営しているとだけ話した。結婚も表向きは宅の仕事をしていることにし、な会議は彼の勤に済ませた。相の目を曇らせたくなかったのに、隠すことが私自の目も曇らせたのだとう。
達也が変わり始めたのは、邸宅へ移った頃だった。広いを見たが「うちの息子もようやくに自できる男になった」と泣き、達也はそれを否定しなかった。私は初め、息子を誇りたい母親の気持ちを理解しようとした。
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だが親戚が来るたびに、は私を台所へ追いやり、「このは達也の甲斐性で建った」と説するようになった。
私が抗議すると、達也は「母さんの楽しみを奪うなよ」と言った。そこで真実を話せばよかったのだろう。けれど、私は自分が持ちだと分かった途端に優しくされることを恐れていた。黙っていればいつか、私自を見てくれるかもしれない。その期待を、もの放せなかった。
結婚して目、達也は初めて私の誕に料理を作った。焦げた卵焼きを皿に載せ、「来はもっとにする」と笑った姿を、私は今も覚えている。あのが最初から私を利用するつもりだったとはいたくない。けれど、が変わった理由を探し続けることと、変わってしまった相のを許すことは違う。その違いを認めるまで、私はずいぶんを使った。
午過ぎ、川がホテルに来た。彼女は持参した封筒から、婚協議の案を取りした。達也が私に署名を迫ったものだが、私は署名しなかった。そこには「婚姻期に夫婦が使用した居を夫が継続使用する」とかれているだけで、所権を移すとは言もない。
「達也さんは、み続けることと所することの区別を理解していないのかもしれません。でも、偽の同をしたのなら単なる勘違いでは済みません」
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私はうなずき、が先持ちした分証の件を警察へ相談するよう依頼した。被害届をすかどうかは、類の原本と経緯を確かめてから決める。勢いで相を犯罪者と呼ぶのではなく、事実を積みげる。仕事では当たりにできることを、私はようやく自分の活にも適用し始めていた。
その、携帯話に達也からメッセージが届いた。《お、カードを止めたな。母さんがってる。今すぐ元に戻せ》。私は画面を見つめ、初めてい返事を打った。《私名義の追加カードは、婚に伴い利用を終しました。のことは代理へ連絡してください》。送信、彼から何度も着信があったが、私はなかった。
数分、今度は麗から通の画像が送られてきた。そこには豪邸の広に飾られた「しい族のお披目会」というきの札が写っていた。写真の端には、私が結婚したに父から贈られた古い箱が置かれている。私は画面を拡した。箱の蓋が、いていた。