"ママ、弟が生まれたらママも譲るの?" 第15話
暗いリビングの空気の温度が、気に氷点までがり、義母の喉の奥から、言葉という言葉が完全に消え失せた。
受話器の向こうで、歳の娘の息を呑むさな音がした。
『おばあちゃん……あのね……』
『……おとうとがまれたら……おばあちゃん、また音にお肉、作ってくれる……?』
『それとも……もう音のお肉は、ひとつも……ないの……?』
静まり返ったリビングで、健太がに当てていたスマートフォンのスピーカーから、その震える声がはっきりと漏れ聞こえていた。
健太の喉が、ヒュッと引きつるような音をてた。 受話器の向こう側にいる義母は、完全に言葉を失っていた。 何かを言い返そうとして、乾いた唇が擦れうような「あ……」というかすかな音だけが漏れ、そのまま沈黙が落ちる。
「……音ちゃん?」 数秒、ようやく受話器から返ってきた義母の声は、先ほどまでの傲さやヒステリーが嘘のように、々しくかすれていた。
「な、何を言ってるの……? おばあちゃんが、音ちゃんにお肉を作らないわけないじゃない……あ、あれは、の冗談で……」
『冗談……?』 音は首を傾げた。その瞳は、しも笑っていなかった。 歳の澄んだ瞳で、ただじっと、健太のスマホの黒い画面を見つめている。
『でも……お肉べたら、ママがられるんでしょ? 音がべた分、弟がんじゃうんでしょ?』
「ち、違うのよ! そんなこと言ってないわよ!」
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義母の鳴のような弁解が響く。
だが、音はそれ以、何も言わなかった。 ただ、健太のからスマホをそっとし、私を見げた。 「ママ、もうお話し終わった。絵本、読んでもいい?」
「うん……読もうね」
私が音のを抱き寄せると、健太が受話器を奪い取るようにしてに押し当てた。 そのは、刻みに、けれど激しく震えていた。
「……聞いたかよ、母さん」 健太の声は、く濁っていた。 自分の母親に対して、数ので度もしたことのないような、徹な声だった。
『け、健太……違うのよ、私はそんなつもりじゃ――』
「母さんが『悪気はない』『冗談だ』って言い訳しながら吐き捨ててきた言葉が、音のにどう突き刺さってたか、これで分かっただろ」
受話器の向こうで、義母が息を詰まらせる。
「俺も同罪だ。母さんの言葉を『聞き流せ』って美咲に押し付けて、娘が怯えてるのを見て見ぬふりをしてきた。……母さん、悪いけど、赤ちゃんがまれても、しばらくには来ないでくれ」
『健太!? 何言ってるの、私がお伝いにかないで、誰が産の面倒を――』
「美咲とふたりでやる。病院の産ケア施設も予約した。全部、俺たちので、俺たちで回す」 健太は荒い息を吐きしながら、言い放った。
「母さんが『自分のしたこと』を本当に理解して、音にから謝れるようになるまで、このの敷居は跨がせない。
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……じゃあな」
健太は義母の返事を待たずに、通話終の赤いボタンを親指でく押し込んだ。
画面が暗転し、リビングに再び静寂が戻った。
健太はスマホをテーブルのに放りすと、両で顔を覆い、そのまま々と腰を折った。 背が、刻みに震えている。 悔なのか、母親を拒絶したことへの恐怖なのか、私には分からなかった。 けれど、この男がまれて初めて、母親の胎盤から精神に切りされた瞬だったことだけは確かだった。
私は何も言わなかった。 ただ、子ども部の絨毯のに座り込み、お気に入りの図鑑をいている音の隣へ、静かに歩み寄った。
予定まで、あとヶを切った曜。
医師から「静」を言い渡されていたものの、薬と適度な休息のおかげでお腹の張りは落ち着いていた。 健太は朝のに起き、ぎこちないつきで洗濯を回し、音の朝のフレンチトーストを焼いていた。 フライパンの焦げ付きに悪戦苦闘しながらも、以のように私に助けを求めることは切しなくなっていた。
「美咲、今は音とふたりで、ゆっくりかけてこいよ」 エプロンをつけた健太が、皿を洗いながら言った。 「で駅のカフェまで送るから。音の好きなパンケーキ、べてくるといい」
私はし驚いて夫の背を見た。
健太は照れ隠しのように蛇のをくし、こちらを振り返ろうとはしなかった。
「……ありがとう」