"離婚しても、うちの嫁を辞めていいとは言ってない" 第15話
私は膝ののバッグをゆっくりと撫でながら、静かに問いかけた。
「誠司さん。つだけ質問させてください」
「な、何でも聞いてくれ! 何でも答えるから!」
「もし、私たちが復縁したとして。退院したお義母さんの々のリハビリの付き添い、週に何度も通う形科と内科の送迎、薬の管理、入浴やトイレの介助……それらは、誰がやるんですか?」
誠司の言葉が、喉元でピタリと止まった。
泳ぐ線。 微かに引きつる元。 誠司は何か言おうとしてをきかけ、そして、最も言ってはならない言葉を、無識のうちに吐きした。
「それは……もちろん、俺も伝うよ。できるは伝う。……でも、真由美は病院の先とも顔なじみだし、薬のことも全部ノートにまとめてるだろ? おがやった方が、お袋もするし、番スムーズだとうんだ」
「私はパートの仕事があります」
「パートなんて、辞めればいいじゃないか!」
誠司は弾かれたように叫んだ。 周りの客が怪訝そうにこちらを見るが、男にはもう周囲を気にする余裕すら残っていなかった。
「あんな所のスーパーの遣い稼ぎ、辞めて専業主婦に戻ればいいだろ! 俺の料だけで活できるように、俺がもっと残業して稼ぐから! おはで、お袋の面倒とのことだけに集してくれればいいんだよ! そしたら、全部元通りになるだろ!?」
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……元通り。
その言が、私のの芯を鋭く貫いた。
この男は、何も変わっていなかった。 ミリも、反省などしていなかったのだ。
反省したふりをして、にをげて、涙を流してみせたのは、私へのからではない。 失った妻を取り戻したいからではない。
ただ、自分の活を脅かす『母親の介護』という巨な厄介払いをするために。 会社での体裁を保ち、自分のキャリアを守るために。 便利で、文句を言わず、文句の言いようもないほど完璧に仕事をこなす『無償の政婦』を、もう度あの檻のに呼び戻したかっただけなのだ。
喉の奥から、乾いた笑いがこぼれそうになった。 りすら湧かない。 ただ、もこんな男の顔を伺い、されたいと願っていた過の自分が、憐れで仕方がなかった。
「誠司さん」
私は背筋を伸ばし、男の目を真っ直ぐに見据えた。
「あなたが欲しいのは、妻ではありません。私の名でも、私のでもない。ただの、無料の介護職員です」
「ち、違う! 俺はおが必なんだ!」
「必としているのは、私の『能』でしょう? 送迎をしてくれて、薬を管理してくれて、文句を言われながらもをげてくれる、都のいい労働力が欲しいだけです」
「真由美……!」
「お断りします。私は度と、あのには戻りません。あなたの妻にも、松本の嫁にも戻りません」
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誠司の顔から、完全に血の毛が引いていった。 唇をわなわなと震わせ、信じられないものを見るように私を凝している。
そのだった。
「……真由美さん」
背から、擦れた、掠れきった老婆の声が響いた。
振り返ると、喫茶の入りに、見慣れた姿がっていた。 に属製の松葉杖をつき、にいギプスを巻いた元義母――枝だった。 病院のタクシーを使って、ここまでやってきたらしい。 運転に付き添われて席まで辿り着いた枝は、ボロボロのカーディガンを羽織り、髪は乱れ、かつての傲な面など見るもなかった。
「お袋……!? なんで病院を抜けして……!」
誠司が慌ててちがる。 枝は息を切らしながら、私のの席に崩れ落ちるように座り込んだ。 松葉杖がガチャンと音をててに倒れるが、拾おうともしない。
震えるで、バッグのから取りしたさな包みを、テーブルのに差ししてきた。 座の名老舗菓子の包装。 私が結婚当初、好きだと言った記憶がある、価な羊羹の詰めわせだった。
「真由美さん……これ、あなたが好きなやつでしょ。買ってきたのよ」
枝の声は、猫を撫でるように甘く、そしてれっぽく震えていた。
「悪かったわよ。私が悪ばかり言ったのがいけなかったのよね。でもね、あれはあなたを本当の娘だとって甘えてたからなのよ。
儀にするのが嫌で、つい厳しく言っちゃってただけなの」
本当の娘。