みかん小説
本棚

"離婚しても、うちの嫁を辞めていいとは言ってない" 第14話

かつてなら、週分の買いしと、義母の作り置きおかずの調理で完全に潰れていたはずの休の午。

私はバッグの奥から、数に区役所の齢福祉課でこっそり貰ってきていた、数冊のパンフレットを取りした。 机のに置き、静かに呼吸をする。

これで、本当にすべてを終わらせる。

曜、午。 駅の喫茶ルノアールは、休を楽しむ族連れや商談のサラリーマンで適度に賑わっていた。

奥の禁煙席のボックスシートに、誠司はすでに座っていた。 ガラス越しに見えたその姿に、私は瞬、が止まりそうになった。

やつれていた。 たった週、区役所で「これでやっと自由だ」と笑いしていた面はどこにもない。 頬はげっそりと削げ落ち、目のには濃い隈が張り付いている。 仕ての良いはずのスーツの肩には細かいフケが落ち、ワイシャツの襟元は黄ばんでヨレヨレになっていた。

「……真由美」

私が席のにつと、誠司は弾かれたように顔をげ、すがるような目で私を見げた。 座ってくれ、と震えるで向かいの子を指差す。

私はコートを脱がず、バッグを膝のに置いたまま、浅く腰掛けた。 員が置いたおには、をつけない。

「分だけです。半にはますので、にお願いします」

腕計を見せながら告げると、誠司は喉を鳴らし、乾いた唇を舐めた。

広告

「来てくれて……ありがとう。本当に、来てくれないかとってた」

「用件は何ですか」

「あのさ……まず、謝りたくて」

誠司は両をテーブルので固く握りしめた。 指先が刻みに震えている。

「俺、本当に馬鹿だった。この週、獄だったよ。お袋が入院して、続きから何から全部でやらなきゃいけなくて……会社の司には『私活の管理もできない奴にプロジェクトは任せられない』って、担当をされた。理恵のやつは『お兄ちゃんが跡継ぎなんだから全部やってよ』って、LINEもブロックして逃げやがった」

誠司のからこぼれるのは、自分がいかに運で、いかに周囲から酷い目に遭わされているかという愚痴ばかりだった。

「病院の先からも、護師からも、毎のように話がかかってくるんだ。『お母様がリハビリを拒否されている』『オムツの配をしてください』『退院の受け入れ先をどうしますか』って……俺、営業の話すら取れない状態なんだよ。夜も眠れない。飯のもしない」

誠司の瞳に、じわりと涙が滲み始めた。 歳の男が、喫茶の席で今にも泣きしそうになっている。

「真由美……おが、どれだけ変だったか、俺、やっと分かったんだよ。おがどれだけの荷を背負ってくれてたか、に染みて理解した。俺が甘えてた。おの優しさに胡座をかいて、酷いことばかり言った。

広告

本当に……本当にすまなかった」

誠司がくをげた。 テーブルに額がつきそうなほどの、座にい謝罪。

。 私が何よりも欲しかった言葉だった。 「ありがとう」と。 「おのおかげだ」と。 「苦労をかけて悪かった」と。

この男のからその言を聞くためだけに、私は自分のを、若さを、誇りをすり潰して尽くし続けてきたのだ。 もし、なら。 もし、義母が倒れたあのにこの言葉を聞けていたなら、私は泣いて夫に抱きつき、許してしまっていたかもしれない。

けれど。 いま、私の胸を来したのは、胸を打つようなではなかった。 ただ、え切った、ら寒い滅だけだった。

遅すぎるのだ。 何もかもが。

「……それで?」

私が氷のように平坦な声で返すと、誠司は驚いたように顔をげた。 私の目のに、かつてのような慈や揺らぎがないことに気づき、焦ったようにを乗りしてくる。

「やり直したいんだ、真由美」

誠司の声が、を帯びてずった。

「もう度、籍を入れ直そう。あの婚届は違いだったんだ。でアパートを引き払って、また実に戻ってきてくれ。おが戻ってきてくれたら、俺、今度こそおを切にする。事だって、できる限り伝う。お袋にも度とおに嫌を言わせないように、俺がに入るから」

必だった。 溺れる者が、目のに流れてきた藁に爪をててすがりつくような、剥きしの執着。

広告

おすすめ作品

リンクを共有

以下のリンクをコピーして友達と共有してください: