みかん小説
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"離婚しても、うちの嫁を辞めていいとは言ってない" 第12話

隣の部の壁がドン、と叩かれる音がした。所迷惑なんてものじゃない。

私は震える指で通話ボタンを押した。 画面越しに、え切った声を送る。

「……何の真似ですか。警察を呼びますよ」

誠司がモニターに向かって、すがるように顔をづけた。 その表は、かつて区役所で「やっと自由だ」と笑いしていた男の面など微もなかった。 恐怖と、絶望と、疲労で、骨の髄まで削り取られたような顔だった。

『真由美……頼む、頼むからドアをけてくれ……!』

「けません。夜に押しかけてくるなんて異常です。今すぐ帰ってください」

『帰れないんだよ! 頼む、助けてくれ!!』

誠司が画面ので、胸元からクシャクシャに丸められた切れを取りし、カメラのレンズに押し付けた。 赤い文字で『救急来受診証』と印字されているのが見えた。

『お袋が……お袋がさっき、の廊で転んだんだよ!』

の、誠司の声が激しく震えていた。

『首が変な方向に曲がってて、痛がって叫んで……救急呼んで、今、民病院のベッドにいるんだ! 骨にヒビが入ってるかもしれないって! 入院になるかもしれないんだよ!』

私は息を止めた。 の片隅で、静な計算が働く。 あのの廊。 トイレへ続く暗い曲がり角。 絨毯の端がしめくれがっていて、私がいた頃は両面テープでに貼り付け、夜用のセンサーライトを元につ設置していた。

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私がをる、そのライトの池が切れていたのをいす。 誠司たちに伝えてあったはずだった。 『廊の元灯、池を替えておいてください』と。

誰も、替えなかったのだ。 私が敷いていた、見えない全網を。 誰も見ようとせず、誰も引き継がず、ただ放置していたのだ。

『俺、もうどうしたらいいか分からないんだよ!』

誠司がので、泣き叫ぶように受話器に向かって叫んだ。

『理恵に話したのに、「子供の受験があるから無理」ってガチャ切りされたんだ! 俺、も朝から事なクライアントへの謝罪があるんだよ! 病院の付き添いも、入院の続きも、俺じゃ絶対に無理なんだ! 仕事をクビになっちまう!!』

が、誠司の顎からポタポタと滴り落ちていた。 それは涙なのか、ただのなのか、黒の画面越しには判別がつかなかった。

『真由美、おしかいないんだよ……! お袋の保険証の番号も、かかりつけの先のことも、おが番分かってるだろ!? 晩でいい! 今夜だけでいいから、病院に来てくれ! 緒に続きしてくれ! 頼むよ、この通りだ……!!』

画面ので、歳の男が、ずぶ濡れのアスファルトのに両膝をついた。 が容赦なくその背を打ち据えている。

かつて、私を「気な女」「ただの雑用係」と見し、座のレストランでシャンパンをけていた男の、それが成れの果てだった。

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私は、インターホンの受話器を握りしめたまま、微だにできなかった。

喉の奥が、ぎりぎりと痛む。 同ではない。 れみでもない。 ただ、どこまでも醜く、どこまでも残酷な『現実のさ』が、たい夜の空気となって部を満たしていくのを、私はただ黙って見つめていた。

「警察を呼びます」

受話器のボタンを押し、私は静かに告げた。 く、を交えない声。 インターホンのマイクを通した私の声は、音にかき消されそうになりながらも、レンズの向こうの男のにはっきりと届いたはずだった。

『真由美! 頼むよ、けてくれって! お袋が病院で……』

「夜の半に、の居ので声をすのは派な迷惑防止条例違反です。隣の部の方も起きられています」

実際、隣の202号の玄関ドアが、ガチャリと内側からチェーンを引く穏な属音をてていた。 夜の造アパートに、とにまみれたの男が叫び声をげている。 誰がどう見ても、完全に通報対象の異常事態だった。

「お義母さんが運ばれたなら、あなたが今すぐ病院に戻りなさい。病院の夜救急来の窓で、ソーシャルワーカーか当直の護師に相談してください。入院の続きも、元引受のサインも、実の息子であるあなたにしか法な権限はありません」

『そんなこと言ったって……俺、何をけばいいのかも分からないんだよ! おが来てくれたら発で済むだろ!』

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