"離婚しても、うちの嫁を辞めていいとは言ってない" 第1話
区役所の民課のカウンターで、緑のが職員のに引き取られた瞬だった。
目ので、元夫がく吹きすように笑った。
「これでやっと自由だ」
い井に、よく通る声がね返る。 隣の窓で民票を待っていた初老の夫婦が、ぎょっとしてこちらを振り返った。 けれど、元夫は周りの目など微も気にしていないようだった。
。 私がこのの妻として暮らしたの終わりは、呆気ないほど切れ枚のさしかなかった。
「真由美、おと暮らすの、本当に息が詰まる毎だったよ」
元夫はポケットに両を突っ込み、底すっきりしたという顔で私を見ろした。 眉に刻まれた皺すら、今はどこか誇らしげに見える。
「にもなって、毎毎パートと事の愚痴ばっかり。のがいつも暗いんだよ。お袋だって言ってたぞ。『真由美さんのあの気な顔を見るだけで、こっちの寿命が縮む』ってな」
私は何も言い返さなかった。
言い返す気力も、もう滴も残っていなかった。 元にあるのは、さっき窓で受け取ったばかりの『婚届受理証』が入ったクリアファイルだけ。 指先がたく張っていくのをじながら、私はただ静かに線を元に落としていた。
区役所の自ドアをると、湿ったが頬を撫でた。
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ロータリーには、元夫のいセダンがまっていた。 助席の窓がき、部座席からを乗りすようにして、元義母が顔をした。 歳。膝が痛い、腰がいと毎こぼしているくせに、こういうののこなしだけは異様に素い。
運転席には、で分ほどの距にんでいる義妹の理恵が座っていた。
「お兄ちゃん、遅い! 予約の、過ぎちゃうじゃない」
理恵がクラクションを軽く鳴らしながら、派なジェルネイルの指で首の計を指差した。 元義母は私を瞥すると、わざとらしくきく息を吐きした。
「真由美さん。今までご苦労様でしたね。……まあ、あなたには本当に気を遣わせてもらったわ。これからはうちも、気兼ねなく笑いえる普通の族に戻れるわね」
内から、ふわりと甘ったるいデパートの化粧品の匂いが漂ってきた。 座のフレンチレストラン。 婚届を提したそので、で『気祝い』ならぬ『解任祝い』のランチコースをべにくと、元夫は昨夜から嬉しそうに話していた。
「こうぜ。美い肉って、シャンパンでもけよう」
元夫が助席に乗り込み、ドアをバタンと乱暴に閉めた。 い輪が回転し、私の横を通り過ぎていく。 部座席の窓越しに、元義母と理恵が顔を見わせて笑っているのが見えた。
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私はち止まったまま、そのが交差点を曲がって見えなくなるまで見送った。
涙はなかった。 ただ、胃のあたりをぎゅうぎゅうと締め付けていた見えないワイヤーが、ぷつんと音をてて千切れたような覚だけがあった。
喉の奥が、やけに乾いていた。
しく借りたアパートは、駅から徒歩分、築の造階建てだった。 取りは畳ひとの1DK。賃は万千円。
靴を脱いで部にがると、畳の古びた匂いがをついた。 持ち込んだ荷物は、段ボール箱がたったのつと、使っていた装ケースがつだけ。
引っ越し業者のトラックを見送った、私は部の真んにぺたんと座り込んだ。
静かだった。 あまりにも静かすぎて、の奥がキーンと鳴るような錯覚を覚えた。
毎朝半に鳴る目覚まし計の音も。 「おい、俺の靴どこだっけ」と寝から鳴る声も。 「真由美さん、今の朝ごはんのお噌汁、し塩辛いんじゃない?」と嫌を乗せて運ばれるお椀の音も。
何つ、聞こえない。
計の針は、午を回っていた。 いつもなら、スーパーの事務仕事を終えて自転をばし、所の精肉で買いしをして、息をつくもなく夕飯の支度に取り掛かっているだ。 義母の圧剤と胃薬を用法どおりにピルケースへ仕分け、血圧帳をいて「朝の数値」
が記入されているか確認するだった。
私はちがり、さなキッチンで気ケトルにを入れた。