"夫の会社に弁当を届けたら「昔の知人」にされた" 第9話
『本(義母)』
画面を見つめたまま、数秒息を止める。 嫌な予しかしなかった。 夫が、を打ったのだ。
呼吸をつして、私は通話ボタンをスワイプした。
「もしもし、お義母さん――」
『結さん! あなた、体何をやってるのよ!』
スピーカーから、を劈くような甲い切り声がびしてきた。 あまりの音量に、わず受話器をから数センチす。
『直から今、泣きそうな声で話がかかってきたわよ! あなた、わざわざ横浜の会社にまで乗り込んで、直の同僚たちので騒ぎしたんですって!?』
臓が、ドクンと嫌なね方をした。
「……騒ぎなんて、していません。ただお弁当を――」
『言い訳は見苦しいわよ!』
義母は私の言葉を乱暴に遮った。 受話器越しでも、顔を真っ赤にして激昂しているのが目に見えるようだった。
『男がで働くっていうのが、どれほど変なことか、あなたには分からないの!? 会社での関係や、付きいの空気があるのは当たりでしょう! それを、たかが「りい」って紹介されたくらいで目くじらてて、職まで押しかけて男の面子を丸潰しにするなんて……男の嫁として、恥ずかしくないのかい!?』
男の面子。 男の嫁。
の芯が、カーッとくなる。 の奥で、カチカチと理性の切れる音がした。
直は、すべてを義母に吹き込んだのだ。
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自分が既婚を隠していたことも、病気の母親を実にしていたこともすべて伏せ、「妻がヒステリックを起こして職に乱入し、自分のを脅かした」と、被害者面をして母親に泣きついたのだ。
『だいたいね、直が横浜でで頑張ってる、あなたは京で気楽にデザイナーなんてやってるじゃないの! 子どももまだ作らないで、好き勝仕事させてもらってる分で、夫を支えるどころかを引っ張るなんて本末転倒もいいところだわ!』
義母の罵声は止まらない。 まるで罪を糾弾するかのような、方で傲な言葉の刃。
『今すぐ直に謝りなさい! 、私からも会社に菓子折りでも持ってって、司の方にをげてこなきゃいけないわ……本当に、なんて厄介な嫁をもらったのかしら!』
鏡のの自分と、目がった。 青かった頬に、静かに、けれど絶対に消えない青い炎が灯っていくのが見えた。
私は受話器を握り直し、ゆっくりと、恐ろしいほど静かな声でをいた。
「お義母さん」
『何よ! 反省の言葉なら、直に直接言いなさい!』
「お義母さんの臓の病気は、いつから悪化されたんですか?」
『……は?』
話の向こうで、義母の声がピタリと止まった。 唐突な問いに、が理解できないようだった。
「何言ってるのよ。私はずっと健康そのものよ。
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臓なんてどこも悪く――」
「そうですよね」
私は義母の言葉を酷に遮った。
「でも、直さんは横浜の会社で、みんなにそう言っているんですよ。母親がい臓病で、いつ倒れるか分からないから、毎週末は京に帰って自分が病しなければならない、な独の息子だって」
『な……っ、何を……』
「直さんが会社で守りたかった『男の面子』が何だったのか、今からすべてお話ししましょうか?」
話の向こうから、ヒュッと息をむ音がはっきりと聞こえた。
「……臓の、病気?」
話の向こうで、義母の声がずった。 あれほどり狂っていた切り声が、急激にしぼんでいく。
「何言ってるのよ、結さん。私、臓なんて度も患ったことないわよ。毎健康診断だって受けてるし、血圧だって正常よ」
「っています」
品川駅の女子トイレの個。 たいプラスチックの壁に肩を預け、私は受話器を握りしめた。
「お義母さんが健康なことくらい、私が番よくっています。毎届くドックの結果も、私が目を通していましたから」
「じゃあ、なんでそんな縁起でもない嘘を――」
「嘘をついていたのは、私ではありません。直さんです」
個のから、ハンドドライヤーのい作音が響いてくる。 私は努めて抑揚を消し、え切った事実だけをつひとつ並べた。
「直さんは横浜の会社で、自分が独だと嘘をついていました。
付きって結婚した私のを完全に隠して、職の若い女性社員と鎌倉へき、お揃いの団扇を持って笑いっていたんです」