"夫の会社に弁当を届けたら「昔の知人」にされた" 第2話
「直さん、どなた? お客様?」
夫の喉仏が、ごくりときくした。 額に、微かに滲みる脂汗。 唇がさくわななき、何かを言いかけてはみ込み、数秒の沈黙が落ちた。
張り詰めた空気の、夫のから零れ落ちたのは、像もしなかった言葉だった。
「……あ、昔からの、りいだよ」
りい。
言葉のが、のでうまく処理できない。 胸の奥で、何かがパキリと音をてて割れた。
、同じ戸籍に入り、毎週末同じベッドで眠り、活費を折半しながら将来のマンションのために貯をしてきた。 そのが、ここでは「昔からのりい」になる。
女性は「そうなんですか」と納得したように微笑み、私に向かって軽く会釈をした。 その無垢な笑顔が、何よりも鋭く胸に突き刺さる。
私はゆっくりと線をげ、抱えていた弁当箱を見つめた。 義母が縫ってくれた呂敷の、柔らかな桜。 それが今の私には、ひどく毒々しいに見えた。
臓が鐘のように打っている。 鳴り散らしたい衝と、逃げしたい屈辱がのでぐちゃぐちゃに混ざりう。 けれど、ここで泣き叫んだら、私は本当にただの「おかしなりい」になってしまう。
私は受付のカウンターへ歩づき、のの弁当箱を、静かにそのへ置いた。 コト、と鈍い音が響く。
「じゃあ、そのりいがいつからの付きいなのか、でちゃんと説してくれる?」
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夫を見据えて、まっすぐに言った。 声が震えそうになるのを、奥歯を噛みしめて必に押し殺す。
夫の顔が、さらに気に変わった。
「結、お……っ」
夫は女性に向かって「ちょっと待っててくれ」とで言い捨てると、私の腕を乱暴に掴んだ。 の線を遮るようにして、背にある非常階段のい扉へと、私を無理やり引きずり込んでいく。
背で、あの女性が怪訝そうにこちらを見送る気配が、肌に痛いほど焼き付いていた。
非常階段の踊りは、埃とえたコンクリートの匂いが充満していた。 い鉄の扉がバタンと閉まった瞬、夫は私の腕を振り払うように放した。
「……何しに来たんだよ!」
第声は、謝罪でも弁でもなかった。 周囲を警戒するように扉の隙を気にしながら、夫はく苛った声を投げつけてきた。
「なんで急に来るんだよ。来るなら連絡しろって、いつも言ってるだろ!」
臓の奥が、ぎゅっと締めげられる。 腕を掴まれていた所が、じくじくと痛んだ。
「連絡しなかったのは、驚かせたかったから。……でも、本当に驚いたのは私の方」
私は壁に背を預け、たいコンクリートに指をてた。 そうでもしなければ、膝が震えてっていられそうになかった。
「あの女性は誰? どうしてネクタイを直されてるの? それに……受付のは、午に奥さんが来たって言ってた。
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どういうことか説して」
「あいつは野寺。同じ部署の営業パートナーだよ」
夫はネクタイを乱暴に緩め、髪を掻きむしった。 息が荒い。 焦りと苛ちを隠そうともせず、線を泳がせている。
「野寺が午に来たっていうのは、社内でのただの冗談だ。あいつ、気が利くからフロアの差し入れとか全部仕切ってくれててさ。みんながやかし半分で『嫁さんみたいだな』っていじってるだけだよ」
「ただの冗谈?」
「そうだよ! それを真に受けて受付が勘違いしたんだろ。おがげさに騒ぐようなことじゃない」
「じゃあ、なんで『昔からのりい』なんて言ったの?」
私の問いに、夫の言葉がピタリと止まった。 階段の吹き抜けを、どこかの階で閉まったドアのい反響音が通り抜けていく。
「……あれは、咄嗟だったからだ」
「咄嗟?」
「いきなりおが現れるからパニックになったんだよ! 職でプライベートの空気をしたくなかったんだ。うちの会社、そういう公私混同をすごく嫌う司がくて……」
「嘘ばっかり」
乾いた声が、自分のから零れた。
「結婚してだよ。私が妻だって紹介することが、どうして公私混同になるの? あなたが既婚者だって、あのたちはってるの?」
「結、頼むから声を落とせって……!」
夫は私の肩を掴もうとしたが、私はそのをたく払い落とした。
その拒絶に、夫の顔に骨なが浮かぶ。