"夫の会社に弁当を届けたら「昔の知人」にされた" 第1話
「本直の妻ですが、これを夫に渡していただけますか」
そう告げた瞬、総受付の女性のがピタリと止まった。
オフィスのエントランスには、の効いた乾いた空気が漂っている。 みなとみらいの層ビル。 磨きげられた理のに、私の履くパンプスのがさく落ちていた。
受付の女性は、代半ばくらいだろうか。 丁寧にセットされた髪ので、困惑したように目を丸くしている。 線を私の顔から、元に抱えたさな包みへと落とし、それからまた私の目を見た。
「あの……失礼ですが」
彼女は声のトーンをわずかに落とした。 どこか探るような、恐る恐るをくような響きだった。
「本さんの、妹さん……でしょうか?」
喉の奥で、さく息が詰まる。 わず笑いそうになり、けれど元が引きつるのをじた。
「いえ、妻です。に結婚しています」
冗談だとわれたのだろうか。 私は努めて穏やかに、いつもの声で返した。
だが、受付の女性の表はらぐどころか、いっそう奇妙に張っていった。 彼女は元の端末の画面をちらりと確認し、指先をさく組みわせる。 誰かに聞かれるのを警戒するように、を乗りしてきた。
「でも……本さんの奥様なら、午にもういらっしゃいましたけれど」
の奥で、キーンとい属音が鳴った気がした。
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「……え?」
「あの、代の、スラッとした女性の方で……。本さんもご緒にエレベーターホールまでお見送りに来られて、『うちのやつが世話になってます』って、フロアの皆さんにもご挨拶されていて」
女性の声が、ひどくくから聞こえる。 指先の温度が、急速に引いていくのが分かった。
腕に抱えていたランチバッグが、鉛のようにくなる。 今朝、半に起きて作った照り焼きチキン。 夫が昔から番好きだと言っていたおかず。 卵焼きは、わざわざ形をえてハート型にした。 包んでいるちりめんの呂敷は、結婚するときに義母が「直をよろしくね」と持たせてくれたものだ。
横浜での単赴任が始まって。 「営業の仕事が軌に乗るまで、もうちょっとだけ待ってくれ」 「来には京へ呼び戻せるよう、社内で根回ししてるから」 毎週末、京の部に帰ってくる夫の言葉を、私は疑ったことすらなかった。 平は激務で昼を抜くこともいと聞いていたから、今、横浜でパッケージデザインの打ちわせが入ったとき、真っ先にい浮かんだのは夫の顔だった。
しでもばせてあげたい。 驚かせたい。 そんな無邪気な気持ちでここにった自分が、急激に惨めで、滑稽にえてくる。
ピン、とい子音がロビーに響いた。
ゲートの向こう、役員用エレベーターの扉が静かにく。
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が数、談笑しながらりてきた。
その央に、見慣れた姿があった。
仕ての良いチャコールグレーのスーツ。 先週の曜の夜、私がアイロンをかけたばかりのシャツ。 夫だ。
そのすぐ隣に、淡いベージュのセットアップを着た女性が寄り添っていた。 肩にかかる艶やかな黒髪に、華奢なヒール。 にはクリアファイルと、テイクアウトのコーヒーカップがつ握られている。
は親しげに笑いっていた。 その距のさに、胸の奥がたくざらつく。 歩きながら、女性がごく自然にを伸ばした。 夫の胸元へ、ためらいもなく指先を滑らせる。
「直さん、ネクタイ曲がってる」
夫は嫌がる素振りも見せず、苦笑いしながらち止まり、女性に首元を預けた。 女性の細い指が、夫のネクタイをキュッとえ直す。 あまりにも淀みのない、常に溶け込んだ仕だった。
息が吸えない。 元からが抜けていくような錯覚に襲われる。
「……直」
声をしたつもりだったけれど、音になっていたかどうか分からない。 けれど、ふと線をげた夫の目が、ロビーの央にち尽くす私を捉えた。
夫の顔から、さっと血の気が引いた。 まるで昼堂々、幽霊にでもくわしたかのように、見かれた瞳が激しく揺れる。 ネクタイを直していた女性のが止まった。
女性が議そうに夫を見げ、それから夫の線を追って私を見る。 った顔ちに、当たりの良さそうな笑みが浮かんだ。