"小一の息子の問い「ママ、僕を捨てたの?」" 第15話
「悠真の学習態度に何か問題でも? あいつには毎、庭学習のスケジュールを厳守させておりますし、忘れ物もないはずですが……」
「ええ。悠真くんは、本当によく頑張っていますよ」
吉岡先の声は、静かだった。 けれど、その静けさの奥に、張り詰めた刃のようなものが隠されていた。
「忘れ物は度もありません。宿題のプリントも、誰よりも綺麗な文字で、期通りに提されます。も、内に粒も残さず召しがります」
「でしょう。私が徹底して指導しておりますから」
夫が誇らしげに胸を張った。 隣で聞いていて、吐き気がした。
だが、先の言葉は、そこで終わらなかった。
「ですが、藤原さん。悠真くんは、休みに度も教からようとしないのです」
夫の笑みが、ピクリと止まった。
「の男の子たちが庭でドッジボールをしていても、で席に座り、じっと指先を見つめています。お友達が話しかけても、トラブルを恐れるように『ぼくはいいから』と断ってしまう。そして、を洗う回数が異常にいのです。休みのたびに洗いにき、鹸で皮膚が赤く剥けるまで、何度も何度もを洗っている」
「それは……観がについているということで――」
「先週の曜、をしこぼしてしまった、悠真くんは過呼吸を起こしました」
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先のい線が、夫の顔を射抜いた。
「『ごめんなさい、ぼくが汚したんじゃない、ぼくはルールを守れる、らないで』とパニックになり、にうずくまって過呼吸を起こしたのです。……藤原さん、学の児童が、の汁をこぼしただけで、なぜここまで怯えなければならないのでしょうか」
夫の額に、微かに脂汗が滲んだ。
「それは……あいつが、し神経質なところがありまして。母親が期入院していた精神なショックが、まだ残っているんだといます」
「いいえ」
先は首を横に振った。 そして、元の原稿用を、テーブルの央――私と夫の目のに、静かに滑らせた。
「先週の国語の授業で、『おうちのひとへ』というテーマでい作文をかせました。……これをお読みください」
原稿用のマス目に並んだ、拙い、けれど必にマス目からはみさないようにかれた、息子の角ばった文字。
そのタイトルを目にした瞬。
私の呼吸が、止まった。
『ぼくが、お父さんを守る』 組 ふじわらゆうま
文字が、目にび込んでくるたびに、胸の奥が引き裂かれそうになった。
『お母さんは、お腹の病気になりました。 ぼくが朝起きないで、わがままを言ったから、お母さんの体がこわれました。 お母さんは、血がいっぱいて、い病院にきました。 ぼくのせいです。
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お父さんは、毎お仕事のあとに、ぼくのご飯を作ってくれます。 お父さんは、夜にため息をついて、をかかえていました。 お父さんも、こわれそうです。
だから、ぼくはいい子になります。 朝はで起きて、おもで着ます。 お母さんを、おうちに帰してはいけません。 お母さんが帰ってきたら、またご飯を作ったり、お洗濯をしたりして、もっと病気になってんじゃうかもしれないからです。
ぼくが、お父さんの言うことをぜんぶ聞いて、お父さんを守ります。 お母さんが帰ってこなくても、ぼくはもう泣きません。 ぼくは、い子になります』
界が、完全に滲んだ。
ポタポタと、原稿用の端に私の涙が落ちて、原稿用の緑のマス目を濡らしていく。
歳の息子が。 まだも習っていない、ランドセルに背負われているようなさな男の子が。
『お母さんを、おうちに帰してはいけません』
そう、鉛を握りしめて、原稿用にき込んでいたのだ。
母親が嫌いだからじゃない。 母親にいなくなってほしいからじゃない。 自分が母親をに引き戻せば、母親が事で疲れて、んでしまうと本気で信じ込まされていたから。
そして、目のでため息をつき、苛ちを撒き散らす父親を「自分が守らなければ壊れてしまう」と、そのさな背に背負い込んでいたのだ。
「……っ、ああ……」
声にならない慟哭が、から漏れた。 両で顔を覆った。 指の隙から、止めどなく涙が溢れす。
「……先」
隣で、夫の掠れた声が響いた。