"小一の息子の問い「ママ、僕を捨てたの?」" 第10話
「甘やかされて育ったあいつに、現実を教えただけだ。母親が倒れたのは自分のせいだとえばこそ、あいつは必で自分のの回りのことをやるようになった。泣かなくなった。……結果として、活が回るようになったんだ。何が悪い?」
言葉が、なかった。
この男は、壊れている。 自分の育児の負担を減らすために。 のかかる学を「扱いやすい駒」にするために。 実の息子のに、消えない呪いを焼き付けたのだ。
「帰るぞ、悠真」
夫が悠真のを引いた。 悠真は、涙を拭うことすら許されず、引きずられるようにして歩きした。 すれ違いざま、あの子は振り返った。 その瞳は、諦めと、恐怖と、い絶望に塗りつぶされていた。
「待って、亮介! 悠真!」
追いかけようとした私の体を、カフェから駆け寄ってきた姉が羽交い締めにして止めた。
「真紀、ダメ! ここで騒いだら、警察呼ばれてあんたが利になる!」
「お姉ちゃん、して! あの子が……あの子が壊されちゃう!」
混みの向こう、エスカレーターをりていく夫の背と、さく揺れる黄い子が、界から消えていった。
フードコートのテーブルのには、え切った卵焼きのタッパーと、 悠真が置き忘れていった、真っ黒な、いプラスチックの箱だけが残されていた。
翌、曜の夕方。
晩のたいが、宮のを吹き抜けていた。
広告
私は、かつて暮らしていた自宅マンションのエントランスのにっていた。
姉には「し散歩してくる」とだけ告げててきた。 止められるのは分かっていたからだ。 でも、もう刻も猶予はなかった。
曜、午から半まで。 それは、悠真が通うスイミングスクールの帯だ。 夫が悠真を連れてを空けている、唯の空。
ポケットので、本の鍵を握りしめる。 曜の午、夫が私の元に投げ捨てた、あの真しいの鍵。
『帰ってくる所なんて、最初から残してないんだよ』
夫の酷な言葉が、の奥で蘇る。
震えるで鍵をシリンダーに差し込み、回した。 カチャリ、とい音がして、オートロックがく。
エレベーターに乗り、階へ。 廊を歩く自分の音が、やけにきく響いた。
402号。 表札には、まだ『藤原』の文字がある。 ドアノブにをかけ、鍵をけた。
ガチャリ。
扉を押しけた瞬、を突いたのは、完璧なまでの無臭だった。 活の匂いが、ない。 夕飯の支度の匂いも、子供の靴のの匂いも、何もしない。
「……お邪魔します」
わず、そう呟いてしまった。 自分のなのに。半、恋焦がれたがなのに。
玄関にがり、駄箱の扉をけた。
臓が、たく凍りついた。
段目には、夫の革靴とスニーカー。 段目には、悠真の通学靴と靴。
広告
段目と段目は――完全に、空っぽだった。
私のパンプスも、スニーカーも、サンダルも。 残らず、消えていた。
廊を抜け、リビングのドアをけた。
息を呑んだ。
そこは、私のっているリビングではなかった。 には物が切置かれておらず、モデルルームのように殺景だった。 悠真が散らかしていたのオモチャも、お絵描きの画用も、どこにもない。
そして――。
私の線は、ダイニングテーブルの横の壁に釘付けになった。
そこには、巨なホワイトボードが設置されていた。 几帳面な、夫の角ばった文字で、黒い油性マジックでびっしりとかれた表。
『藤原・自目標と課表』
・06:00 起、寝具の頓(シーツの乱れは減点) ・06:15 洗顔、着替え(で完すること) ・06:30 朝(残ゼロ、20分以内) ・07:15 登準備、持ち物確認(忘れ物は自己責任) ・15:30 帰宅、洗い、うがい ・15:45 宿題(集、姿勢を正す) ・17:00 習い事または自主学習 ・19:00 夕、片付け ・20:00 入浴(洗髪・体洗浄をで完遂) ・20:45 の割わせ ・21:00 完全消灯
表のには、赤と青のシールが貼られたカレンダーがあった。 シールが貼られていないには、赤ペンで容赦のない文字がき殴られていた。
『割わせの遅れ。甘えを捨てること』 『事の姿勢良。母親の真似をするな』
母親の真似をするな。
その文字を見た瞬、胃液が喉までせりがってきた。
これが、夫の言う「完璧な活」の正体だった。 歳の子供を、軍隊のような規則で縛りげ、を勢し、母親のを徹底に排除する。