"小一の息子の問い「ママ、僕を捨てたの?」" 第8話
パパ、優しいよ。ぼくのために、なんでもしてくれるもん」
取ってつけたような、自然な台。 の顔を窺い、空気を読んで、必に作りした優等の仮面。 学のあの子のから、そんな言葉を聞きたくはなかった。
「……悠真、これ見て」
話題を変えようと、私はバッグから冊のノートを取りした。 入院、悠真が学に入学したばかりの頃、で描いていた交換記。 私の入院で、最初の数ページで止まってしまっていたものだ。
悠真の線が、ノートの表に留まった。 あの子が好きなのキャラクターのシールが、角に貼ってある。
「これ、覚えてる? 病院でね、ママ、ずっとこれ見てたんだよ。悠真が『ひらがなけるようになったよ』っていてくれたページ、何回も何回も読んでたの」
悠真の指先が、おずおずとノートの端に触れた。
その、あの子のポケットから、プラスチックのさな箱が滑り落ちた。 ガシャン、とに落ちて転がったのは、見慣れない箱だった。
青や緑の派なデザインではない。 何の飾り気もない、真っ黒な、いプラスチックの箱。
「あ……」
悠真は慌てて拾いげた。 から落ちた拍子にに散らばった消しゴムと鉛を、血になって拾い集めている。
「悠真、丈夫よ、ママが拾うから――」
「ダメ! 自分でやる!」
あの子は私のを払い除けるようにして、にいつくばった。
広告
パンくずつ落ちていないか確認するように、机のまで覗き込んで、拾い集めた鉛の並び順を几帳面に揃えている。
「……机の、汚したらダメなんだ。パパに、自分の持ち物も管理できない奴はダメだって言われるから」
拾い集めた黒い箱を、悠真は胸ので抱きしめた。
「悠真。の箱は……? 入学のとき、で緒に選んだ、あの幹線の箱は?」
私の問いに、悠真は線を伏せた。
「……捨てた」
「え?」
「パパが、捨てた。キャラクターの箱は、授業に遊んじゃって集できないからダメだって。この黒いやつじゃないと、が良くならないって……パパが言ったから」
息が止まりそうだった。
あの幹線の箱は、悠真が卒園式のからずっと欲しがっていたものだった。 文具のショーケースので、「ママ、これがいい! 絶対事にする!」とびねて、私のを引いていたあの子の笑顔が、脳裏をよぎる。
あの子の「好き」も、「こだわり」も、「子供らしさ」も。 全部、夫の作った『正しい活』という名の檻のに、押し込められて削ぎ落とされていたのだ。
私のスマートフォンが、テーブルのでく震えた。 画面に表示されたのは、夫からのメッセージ。
『そろそろ分経つぞ。変なものをわせるなよ。悠真は胃腸がいんだからな』
監されている。 すぐくのどこかで、夫がこちらを見張っているのだ。
広告
胃の底が、キリキリと引き絞られるように痛む。 私はスマホを伏せ、目ののさな息子を見つめ直した。
悠真の額には、うっすらと汗が滲んでいた。 あの子は、私の顔を見ようとしない。 ただ、胸に抱いた黒い箱の角を、指先でカリカリと擦り続けている。
「……悠真」
私は静かに、呼びかけた。
「パパと暮らすの、しんどくない? ……無理、してない?」
その瞬。 悠真の指が、ピタリと止まった。
フードコートの喧騒が、急にのいたようにじられた。
悠真の肩が、微かに波打っている。 あの子は俯いたまま、何も言わない。
「悠真……?」
私がもう度声をかけようとした、そのだった。
ギュッ、と。
私のベージュのニットの袖を、さな、たい指先が掴んできた。 布が引きちぎれそうなほど、い力だった。
「……悠真?」
見ろすと、あの子の黄い子のつばのから、粒の涙が、ポロポロとテーブルのに落ちていた。 声をさずに、泣いていた。 唇を限界まで噛み締め、をさく鳴らしながら、涙だけを溢れさせていた。
「どうしたの、悠真……お腹痛い? どこか苦しいの?」
私が慌ててしゃがみ込み、あの子の顔を覗き込もうとすると、悠真はさらにく私の袖を引っ張った。
「……ぼくね」
絞りすような、掠れた声だった。
「ぼく、で起きられるよ。目覚まし鳴ったら、すぐ止められるよ」
「……え?」
「パジャマも、で畳めるよ。
ボタンも、掛け違えないで留められるようになったよ。