"小一の息子の問い「ママ、僕を捨てたの?」" 第1話
昼の分。
ナースステーションの忙しない音がくで響く、ベッドの脇に置いたスマートフォンがく震えた。
画面に浮かびがったのは、『夫』の文字。
喉の奥が、かっとくなった。 今のために、昨の夜から何度も着替えを確かめていた。 半ずっと袖を通せなかった、お気に入りのベージュのニット。 病のクローゼットからしたばかりのそれは、防虫剤と、しだけがの匂いがした。
「もしもし、亮介? 今どのあたり? 階のロビー、結構混んでるみたいで――」
弾んだ声を遮るように、受話器の向こうからい息の音が聞こえた。
『真紀、悪いけど、今は迎えにけない』
「……え?」
『タクシー適当に拾って、耶さんのにってくれ』
のが真っになった。 言葉のが、すぐには処理できない。
「……は? 耶ちゃん? お姉ちゃんのって、どういうこと?」
『言葉通りのだよ。今からそっち向かうもないし、荷物もいだろ。姉さんのなら隣町だし、もめやすい』
「待ってよ。私、今退院だよ? 半ぶりにに帰れるって、先週からずっと話してたじゃない。悠真の、でしょ? 今から帰れば、玄関で『おかえり』って言えるの。ずっと待ってたの!」
声が震えるのを止められなかった。 半。百。 腹術の激痛に耐え、抗がん剤の吐き気にうずくまり、夜に何度もナースコールを握りしめながら、私がすがりついていたのはただつのだった。
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『ママ、今ね、ぜんぶべたよ!』
そう言って、黄い子を放りして胸にび込んでくる、学の息子の体温。 それだけを支えに、内臓を切り刻まれるような治療を耐え抜いたのだ。
それなのに。
話の向こうの夫は、ひどくめ切った、苛ちの滲む声でこう言い放った。
『だから、それが勝だって言ってるんだよ』
臓が、ドクンと嫌なね方をした。
『悠真はな、この半でやっとしい活のリズムを掴んだんだ。おが急に帰ってきたら、あいつの緒が乱れるだろ。学にとって、今の環境がどれだけ繊細か分かってんのか?』
「緒が乱れる……? 私が、母親なのに?」
『母親だからだよ。半もいなかったが突然現れて、あれこれししてみろ。あいつが混乱するだけだ。悠真の準備ができるまで、おは実か姉さんのところでしく休んでろ』
「悠真の準備って何!? 亮介、ちょっと待って――」
ツーツー、と無質な子音が鼓膜を打った。
切られた。
からした画面には、通話終の文字。 元のボストンバッグが、ひどくくじられた。
元がふらつく。 術の痕が、引きつるようにチクチクと痛んだ。
窓のには、抜けるようなの青空が広がっている。 けれど私の界は、鉛を流し込まれたように暗く、え切っていた。
埼玉の隣町にある姉のマンションに着いたのは、午を過ぎた頃だった。
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インターホンを押すと、姉の耶は私の顔を見るなり、目を見いて絶句した。 そして、私のろに誰もいないことを確認すると、りで肩を震わせた。
「……亮介くん、来なかったの?」
「うん。急に仕事が入ったみたいで……」
咄嗟に嘘をついた。 けなくて、惨めで、本当のことをにしたら自分のが々に砕けてしまいそうだったからだ。
けれど、姉にはすべてお見通しだった。 リビングのソファに私を座らせ、温かいほうじ茶をしてくれた姉は、私の痩せこけた首をじっと見つめて言った。
「真紀。あいつ、あんたを追いす気じゃないでしょうね」
「そんなわけないよ。悠真が、私がいない活に慣れちゃったから……環境の変化でストレスを与えないようにって、亮介なりに気を使ってくれてるだけで……」
「退院したばかりの妻を、自分のにすら入れない男のどこが『気遣い』なのよ!」
姉の鋭い声が、静かなリビングに響く。
「半よ? あんたがぬいで病魔と闘ってた半、亮介くんが何を背負ってたからないけど、だからってあんたから母親の居所を奪っていい理由になんてならないわ」
何も言い返せなかった。
姉の言う通りだった。 では分かっている。 何かが狂っている。何かが、絶対におかしい。
けれど、私ののどこかで、夫に対するろめたさが黒いのように渦巻いていた。