"12年消えていた元夫が、娘の式で「父親」になる" 第15話
夜がけても、私のスマートフォンの着信拒否設定は解除しなかった。
朝。 いつものようにの型ボイラーにを点け、蒸気が配管を満たすい音を聞きながら、私はたいにを浸した。 預かったワイシャツの襟元にブラシをあてる。 械油の染み、汗の黄ばみ、べこぼしの跡。 汚れた現実を、洗剤と力仕事でつひとつ削ぎ落としていく。 、私のを支え続けてくれたのは、この臭い労働の確固たる応えだけだった。
娘を突き放したことに、胸が痛まないはずがない。 昨夜、話の向こうで泣き叫んでいた奈緒の鳴が、今もの奥にこびりついてれない。 けれど、もう引き返してはいけないのだ。 母親が代わりになってをかぶる優しさは、に毒になる。 あの子は自分ので、自分の選んだ嘘のたさを踏みしめなければならなかった。
午を回った頃だった。 作業の引き戸が、静かにいた。
ガラガラという頼りない音。 「いらっしゃいませ」と声をかけながら帳へ向かうと、そこにはつのがっていた。
奈緒だった。 そして、その隣には、夫の拓也さんがっていた。
わず、にしていた伝票を落としそうになった。 奈緒は、化粧気のない蒼な顔をしていた。 目元は真っ赤に腫れがり、線は私の元に縫い付けられたまま微だにしない。
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そのコートの袖から覗く首には、痛々しい湿布が巻かれていた。
「……奈緒?」
私の声に、娘は答えない。 代わりに、隣につ拓也さんが、静かに、けれどくをげた。
「お義母さん。朝くから突然押し掛けて、申し訳ありません」
スーツ姿の拓也さんの表は、披宴のの穏やかな青とはまるで違っていた。 員らしい理な瞳の奥に、徹夜で葛藤を乗り越えた男特の、く研ぎ澄まされたが宿っていた。
「……拓也さん」
「昨夜、奈緒から全てを聞きました」
拓也さんの声はく、作業のコンクリートに静かに染み渡った。
「お義父さんが……いえ、隆司氏が、昨夜奈緒を待ち伏せして脅迫してきたことも。そして、披宴でのスピーチも、私に語った美談も、全てがを引きすための卑劣な嘘だったことも」
臓が、ねた。 奈緒が、自分から拓也さんに話した……?
「奈緒」
私が呼びかけると、娘の肩が激しく震えた。 奈緒はゆっくりと、膝から崩れ落ちるようにして、作業のたいに両をついた。
「お母さん……」
絞りすような、掠れた声だった。 のコンクリートのに額を擦り付けるようにして、娘が泣き崩れた。
「ごめんなさい……ごめんなさい、お母さん……っ!」
「奈緒、ちなさい。何をしているの」
私が駆け寄ろうとすると、奈緒は首を激しく横に振った。 作業着の私の元にすがりつく娘の指先は、凍りついたようにたかった。
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「私……お母さんのを、私の汚い見栄の贄にしたの……っ」
嗚咽が、静まり返った作業に響き渡る。
「結婚式で、父親にエスコートされてる友達が羨ましかった……。『お父さんがいないな庭』ってわれるのが、怖くてたまらなかった……! だから、お父さんがづいてきた、嘘だって分かってたのに、甘い言葉に縋りついたの」
奈緒はに涙を滴らせながら、途切れ途切れに言葉を吐きした。
「お母さんがどれだけ血を流して私を育ててくれたか……本当はずっと分かってた。分かってたのに、それを認めちゃったら、私が『父親に捨てられた惨めな子ども』だって認めなきゃいけない気がして……目を背けたの。お母さんを悪者にして、お父さんの嘘に乗っかる方が、楽だったから……!」
胸の奥が、い刃物で貫かれたようだった。 あの子が抱えていた痛みの根源。 それは、父親へのなどではなかった。 「されていたい」という、渇望にも似た執着。 そして、自分が否定されたという事実から逃げすための、あまりにも幼稚で残酷な現実逃避。
「でも、違った……」
奈緒は顔をげ、涙とでぐしゃぐしゃになった顔で私を見げた。 その瞳には、昨夜見たはずの獄の残像が焼き付いていた。
「昨夜、暗のでお父さんに腕を掴まれた……私、分かったの。あのは、私のことなんてミリも見てなかった。