"12年消えていた元夫が、娘の式で「父親」になる" 第14話
その言が、毎晩のように奈緒の胸に突き刺さっていた。
杉並区の閑静な宅。 最寄り駅から徒歩分のアパートへ続く、通りのない暗い夜。 灯のが途切れる自販のを通り過ぎようとした、その瞬だった。
温かい、酒と煙の悪臭がを突いた。
「……奈緒」
のから、ぬっと黒いがりしてきた。 鳴をげようとした奈緒の元を、たく脂ぎったきなが塞いだ。
「騒ぐな。俺だ」
灯の暗いオレンジののに浮かびがったのは、無精髭を伸ばし、目のにどす黒い隈を落とした、元夫の顔だった。 数までの、あの綺麗なスーツ姿の面はどこにもない。 襟元の汚れたコートを羽織り、充血した血った目で、獣のように奈緒を見ろしていた。
「お、お父さん……? なんで、ここに……」
奈緒は恐怖で喉を痙攣させながら、ずさりしようとした。 だが、元夫の指先が、奈緒の首を万力のような力で締めげた。 骨が軋むほどの痛みに、奈緒の顔が歪む。
「痛い! して!」
「静かにしろって言っただろ! おい、拓也君は緒じゃないのか? にいるのか?」
「拓也さんは関係ないでしょ! してよ!」
「関係ないわけあるか!!」
元夫はく唸るような声で鳴り、奈緒を引に自販の裏のへと引きずり込んだ。 背がたいブロック塀に激突し、奈緒は息を詰まらせた。
広告
元夫はコートの内ポケットから、くしゃくしゃになった数枚の類を乱暴に引っ張りした。 震えるでそれを広げ、奈緒の目のに突きつける。
灯のに透けて見えたのは、消費者融とからの最終督促状、そして―― 『銭消費貸借契約・兼・連帯保証承諾』の文字。
借入希望額の欄には、きく『800万円』と印字されていた。
「これに……拓也君の署名と実印をもらってこい」
元夫の掠れた声が、奈緒の元で震えた。 瞳孔のいたその目には、狂気と絶望が宿っていた。
「な……何を言ってるの……?」
「俺はもうがないんだよ! 文子の野郎が余計な真似をしやがったせいで、全部のが止まった! 来週までにこのを入れなきゃ、俺は事務所を追いされて、にぐるみを剥がされるんだ!」
元夫のが、奈緒の肩を激しく揺さぶる。
「奈緒、おが頼めば、拓也君は判を押す! あいつは員だ、保証としての信用力は分だ! おが『父親を助けて』って泣きつけば、あいつも断れないはずだ!」
「嫌……そんなの、無理に決まってるじゃない! 拓也さんにそんな迷惑かけられない!」
奈緒が必で首を振ると、元夫の表から、切のな温もりが消えった。 元が醜く歪み、剥きしの憎悪が奈緒を射抜く。
元夫は奈緒の顎を乱暴に掴みげ、壁に押し付けた。
「迷惑だと? 誰のおかげで、あの結婚式で恥をかかずに済んだとってんだ、このアマが」
広告
氷のような酷な声が、奈緒の鼓膜に突き刺さる。
「俺がわざわざあのにてって、父親のフリをしてやって、なスピーチまでしてやったから、向こうの親族に舐められずに済んだんだろうが! おが俺を利用したんだよ! 体裁のいい結婚式を挙げるために、俺の『父親』という板を使ったんだろ?!」
「ち、違う……私は……」
「違わないね! ただ乗りできるとうなよ。恩を売られたら、を返すのが世のの筋ってもんだ」
元夫は連帯保証の類を、奈緒の胸元に引にねじ込んだ。 そして、元に顔をづけ、逃げのない毒を吐き捨てるように囁いた。
「の夜までに、拓也の実印を押して持ってこい。もし断ったら……俺は拓也の勤務先にくぞ。『娘婿が義父を見殺しにした』って、支ので騒ぎしてやる。佐藤の世体を、徹底にまみれにしてやるからな」
元夫はそう言い捨てると、奈緒の首を乱暴に振り払い、のへと消えていった。
たいアスファルトのに、奈緒はへたり込んだ。 首には、どす黒い内血の跡がくっきりと残っている。 胸元にねじ込まれた、百万円の連帯保証承諾。
歯の根がわないほど、全がガタガタと震えていた。 涙すらなかった。 ただ、自分が憧れ、すがりつき、結婚式で拍を送った「父親」という怪物の真の姿が、暗ので奈緒の喉元にらいついていた。