"12年消えていた元夫が、娘の式で「父親」になる" 第8話
「嘘で塗り固められた言葉を、あなたはだと呼ぶの?」
「嘘でもいいのよ!」
奈緒は叫んだ。
「お母さんのその『正しさ』が、私をずっと息苦しくさせてきたの! 『お母さんはこんなに苦労した』『お母さんはあなたのために全てを犠牲にした』……言葉にしなくても、お母さんの背がずっと私を責めてた! 『父親の悪は言わない』って言いながら、被害者の顔をして、私に罪悪を植え付け続けてきたじゃない!」
を、鈍器で殴られたような衝撃だった。 目のがく滅する。
被害者の顔。 罪悪。
私がしてきたことは、あの子を守るための沈黙ではなく、あの子を縛り付ける鎖だったというのか。 悪を言わずに耐え忍ぶ私の姿が、娘にとっては「父親を選ばなかったことへの当てつけ」に見えていたというのか。
「お父さんはね、私を責めないよ」
奈緒は涙を拭いもせず、酷な目で私を見つめた。
「『寂しいいをさせて悪かった』って、ただ謝ってくれた。これからは拓也さんとの活を応援するって、方になってくれたの。お母さんみたいに、過の通帳を突きつけて私を追い詰めたりしない!」
「奈緒、目を覚ましなさい」
私は震える唇を噛み切りそうなほどく引き結び、娘の首を掴もうとした。
「あのは今、度目の結婚にも失敗して、産の歩も落ちて、きを失っているのよ。
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だから拓也さんの実……佐藤の信用や資産に擦り寄ろうとしているの! あなたをしているから戻ってきたんじゃない!」
奈緒は、私のを激しく振り払った。
「嘘ばっかり! お父さんを悪者にしたいからって、適当なこと言わないで!」
「適当じゃない! どうしてそれが分からないの?!」
「分からないのはお母さんの方よ!」
奈緒はちがり、バッグを肩に担ぎ直した。 その瞳は、完全に頑なな拒絶の壁で覆われていた。
「もう、私の活にをさないで。お母さんがお父さんを許せないのは勝だけど、私から父親を奪わないでよ。私は……自分の族を守りたいの」
それだけを言い捨てると、奈緒は度も振り返ることなく、にをてった。 ドアに取り付けられたカウベルが、けたたましく鳴り響いた。
静まり返ったテーブルに、私だけが取り残された。 に散らばった借用と返済の記録。 代の、青のすべてを投げ打って、擦り切れるまで働いた私の々の抜け殻。
それを拾い集めながら、私は声もなく笑った。 涙すらなかった。
私は守っていたつもりだった。 娘のを傷つけないよう、父親への軽蔑を抱かせないよう、すべてをみ込んで微笑んできた。 けれど、私が守っていたのは娘の自尊などではなかったのだ。
ただの、見せかけの平穏。
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現実から目を背け、障りのいい嘘に縋りつく、くて勝な娘の逃げを、私がかけて舗装してやっただけだったのだ。
「……私の族を守りたい、か」
拾い集めた類を、茶封筒に戻す。 の震えは、いつのにか止まっていた。 代わりに、胸の奥底で、何かがたく、完全に凍りついていく覚があった。
いいでしょう、奈緒。 あなたがその嘘を「」だと呼び、母親のをその踏み台にするというのなら。 私はもう、あなたの共犯者にはならない。
あなたが父親の作った甘い毒をみ干し、その報いを受ける瞬が来ても、私は度と、そのからグラスを奪い取ってあげることはしない。
それから週、奈緒からの連絡は完全に途絶えた。 私もまた、自分からメッセージを送ることはしなかった。
の末になり、京のには枯らしが吹き荒れ始めていた。 のボイラーのを落とし、え切った作業のシャッターを半分ろして、伝票の理をしていただった。
カラン、と入りのドアベルが鳴った。
「いらっしゃいませ」
作業着の掛けでを拭きながら、帳から顔をげた。 所の主婦か、仕事帰りのサラリーマンだろうとった。
だが、そこにっていた物を見た瞬、私のがぴたりと止まった。
仕てのいい質なウールのコートに、えられた品なボブカット。
入れのき届いた革の袋をし、どこか困惑と緊張の混ざった差しで私を見つめている女性。