"12年消えていた元夫が、娘の式で「父親」になる" 第3話
そして、震える指先で私の留袖の袖をそっと掴むと、消え入りそうな声でこう言ったのだ。
「お母さん……お願いだから。今だけは、何も言わないで」
……え?
息が止まった。 目のが、真っ暗になるような覚。 奈緒は、泣きそうな顔で、けれど私の反応を恐れるように眉をひそめていた。
「お父さんが言ったこと、事実と違うって……私だって分かってる。でもね、あそこでお父さんが恥をかいたら、拓也さんのお父さんたちだって気まずくなるでしょ? せっかくの式なんだから……お願いだから、あのの顔をててあげてよ」
臓が、たいでぎゅっと握りつぶされたような痛みがった。 あのが恥をかかないように? あのの顔をてる?
「……奈緒。あなた、最初からっていたの?」
乾いた声が、自分の喉から漏れた。
「お父さんがあんなスピーチをするって、っていて呼んだの?」
奈緒は唇を噛み、瞬だけ線を泳がせた。 その沈黙が、何よりも雄弁に真実を物語っていた。
奈緒は答えなかった。 ただ、困惑と苛ちが入り混じったような顔で、私の線から逃げるように顔を背けた。
「……もうかなきゃ。次会の準備があるから」
それだけを言い残すと、奈緒はウェディングドレスの裾を持ちげ、に廊の向こうへとっていった。 純のシルクが擦れう微かな音だけが、静まり返った式に虚しく響いていた。
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残された私は、壁に背を預け、たいクロスに額を押し当てた。 爪先からじわじわといがってくる寒気に、全が震えた。
っていたのだ。 娘は、父親が嘘をつくことをっていた。 っていて、あの男を呼び、父親の席に座らせ、あの茶番劇を黙認したのだ。
私を傷つけると分かっていて。 自分の結婚式を、「両親が揃った、温かい庭の物語」として周囲に提示するために。
「……文子」
に、背から声をかけられた。 振り返る必すらなかった。忘れることのできなかった、あの軽で無責任な声。
元夫が、ポケットに両を突っ込んだまま、悠然と歩み寄ってきていた。 胸元には、婦の父親用の赤いコサージュがつけられたままだ。
「久しぶりだな。相変わらず、し痩せたんじゃないか?」
まるで先週も顔をわせた所のにでも話しかけるような調だった。 悪びれる様子など微もない。それどころか、仕事をやり遂げた男特の、誇らしげな達成さえ漂わせている。
「……何の真似ですか、さっきのスピーチ」
私は声をく落とし、逃げのないりを瞳に込めてあのを見据えた。
「約束? で見守ってきた? よくそんな恥らずな嘘が、で吐けましたね」
元夫は眉をの字にして、わざとらしく困ったような笑みを浮かべた。
「おいおい、そんなにカリカリするなよ。
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結婚式だぞ? これくらいのを持たせてくれたっていいだろう。向こうの親御さんだって、まともな父親がいる庭の娘を嫁にもらいたいとうのが世ってもんだ。俺は奈緒のために、肌脱いでやったんだよ」
「奈緒のため?」
声が震えた。拳がくなるほど握りしめられる。
「あなたがをてってから、あの子がどんないでを卒業したかっているの? 学の学費だって、あなたが放りしたから、私がどれだけをげて……!」
「だから、謝してるって言ったじゃないか」
元夫は私の言葉を遮り、底面倒くさそうにを振った。
「勢のでおをててやっただろ? 『元妻が庭を支えてくれた』ってな。あれでおもがかったはずだ。それに……」
あのは歩、私にづいた。 微かに漂う物のコロンの匂いと、煙の混ざった息。
「奈緒だって、それを望んでたんだよ。あの子が俺に言ったんだ。『お父さん、披宴では堂々としていてね』ってな。おがいつまでも被害者面して過にこだわってるから、娘にまで気を遣わせるんだ。しはになったらどうだ?」
ので、何かがぷつりと音をてて千切れた。
になれ? 被害者面?
、必でをすするようにして娘を守り、育ててきたを、この男はたった分の嘘のスピーチと、世体という名のっぺらな理屈で踏みにじったのだ。
そして何より、その踏みにじるのに、私の娘自がを添えていたという事実。