"歩けるようになった夫が、最初に捨てたのは私だった" 第6話
違う。 そんなんじゃない。 喉の奥までかかった叫びは、声にならなかった。
私ののに、本当にその驕りがなかったと言い切れるだろうか。 「私がいないと、このはきていけない」 そううことで、職を失い、社会から切りされた自分の価値を、必に証しようとしていたのではないか。
夫の言葉が、私の最も醜い無識の急所を抉り取っていた。
夫は呼吸を荒くしながら、元の段ボールを乱暴に蹴った。
「来週の曜に、業者が来る。それまでに俺の荷物は全部まとめる。おの具やにはをさない。……婚届は、活が落ち着いたら、追って送る」
「……婚届?」
私の声が、掠れた。
「別居だけじゃ、ないの?」
夫は、酷な目で私を見つめた。 、事故のらせを受けて病院へ駆けつけた、集治療のガラス越しに見た、あののようなたさと同じ目だった。
「おとは、もう無理だ。顔を見るだけで息が詰まると、戸籍を繋いでおくがない」
夫はそれ以、私を見ようともしなかった。 次の段ボールをき、黙々と本を詰め始めた。
ガムテープを裂く鋭い音が、リビングに響き渡る。
バリッ、バリッ、と。 まるで、私たちのの結婚活を、枚ずつ無残に引き裂いていく音のように。
私は、暗くなり始めた部の真んで、ち尽くしていた。
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元には、昨まで夫を支えていたはずの、いフローリングの。 だが今の私には、そのすら底が抜けて、果てしない暗へと落ちていくようにじられた。
曜の朝、トラックの荷台が閉まるい属音が、階から響いた。
窓のレースカーテンを指先でしだけ押し広げると、青い作業着を着た引っ越し業者の男たちが、際よく段ボールを積み込んでいくのが見えた。 最にてきた夫は、グレーののコートを羽織り、革のショルダーバッグを肩にかけていた。
杖は、持っていなかった。 すりに度だけ触れたけれど、その取りはしっかりとアスファルトを踏みしめていた。 見送る私の方を、夫は度も振り返らなかった。
トラックが角を曲がり、夫の背が見えなくなってから、私は部に戻った。
リビングは、嘘のように静まり返っていた。 夫が持ってったのは、しく買い直したと、仕事復帰のために買ったノートパソコン、それから私と会うに読んでいた古い文庫本だけだった。
残されたのは、かつてで選んだ具と――部の隅に積みにされた、介護用品の数々。
浴の滑り止めマット。 浴槽に取り付けた補助すり。 ベッドサイドに置いていたポータブルトイレ用の消臭液。 まだ半分以残っている、医療用の使い捨てプラスチック袋の箱。
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それらはすべて、夫にとって「過の汚物」でしかなかったのだ。
胸の奥がざわついて、たまらなくなってゴミ集積所へりた。 曜は、燃えるゴミの回収だった。
マンションの裏、カラス除けの黄いネットの端に、見覚えのある半透のゴミ袋がつ、無造作に転がっていた。 夫が今朝、部をるついでに放り込んでいったものだ。
袋の隙から、青い表のノートの背表が見えた。
「……嘘でしょ」
喉から引きちぎられたような声が漏れた。 ネットをめくり、ゴミ袋を両で引きずりす。 結び目を無理やり引きちぎるように解いて、から取りしたのは、みのある冊の学ノートだった。
『リハビリ経過記録』
表には、私の跡でそうかれていた。
、も欠かさずつけ続けた記録だった。 朝の体温、血圧、関節の域。 介助バーを握ってちがれた秒数。 スプーンを自力でまで運べた回数。 カテーテルを抜いたの、自力排泄の成功と失敗の記録。
最初の頃、尿がにわずにベッドを汚してしまい、夫が枕に顔を押し当てて「にたい」と泣いたのことも、震える文字で残されていた。 『丈夫、はきっと秒くてる』 欄に、自分を奮いたせるためにき殴った私のメモ。
それが、使い捨てのティッシュやコンビニの弁当ガラと緒に、ゴミの袋に詰め込まれていた。
指先が、ガタガタと震えた。 りなのか、屈辱なのか、しみなのか、自分でも分からないが喉までせりがってきて、呼吸が浅くなる。