"歩けるようになった夫が、最初に捨てたのは私だった" 第4話
私は駅のロータリーの端、たいが吹き抜けるベンチに腰をろした。 膝ののバッグを握りしめる指先が、く張っている。
「私は何もしていません。全部、健介さんがで勝に決めて、契約してきたんです」
『嘘をおっしゃい!』 義母・千鶴の声は、話越しでもわかるほどりに打ち震えていた。
『男がね、み慣れたをてで暮らしたいなんて言いすのは、のに居所がないからに決まってるじゃないの! あんたが毎毎、あの子を病扱いして、指図して、息を詰まらせたからよ!』
「病扱い……? お義母さん、健介さんは実際に病だったんですよ。半が麻痺して、子からでちがることすらできなかったんです」
『それは過の話でしょ! 今は歩けるようになったじゃないの! あの子がどれだけ必でリハビリに耐えたとってんのよ!』
の奥で、何かがプツリと音をてて切れそうだった。
「そのリハビリに、誰が付き添ったとってるんですか」
私の声が、自分で驚くほどくなった。
「朝晩の着替えも、トイレの世話も、病院への送迎も、全部私がでやりました。お義母さんは、腰が痛いから、いからって、に度顔を見に来て『頑張ってね』ってお菓子を置いていくだけだったじゃないですか」
話の向こうが瞬、絶句した。
広告
だが、義母というは、自分の非を認めるようなタマではない。 すぐに、さらに攻撃な語気で言葉を打ち返してきた。
『あんたは嫁なんだから、夫の面倒を見るのは当たりでしょうが! そのために仕事だって辞めたんじゃないの! それを今さら恩に着せる気!?』
「恩に着せているわけじゃありません。ただ、健介さんがで活できるようになったのは、私の介護があったからです。それを、治った途端に『おの顔を見ると惨めになるからていく』だなんて……そんな理尽な話、納得できるわけがありません」
すると、義母はでせせら笑うような音をてた。
『男のプライドってものが、あんたにはこれっぽっちも分かってないのよ。あの子はね、あんたにががらない状態が耐えられなかったの。謝しろって顔で毎飯をされる男の気持ちを、しは考えたことがあるの?』
謝しろという顔。 私が、いつそんな顔配りをしたというのだろう。 ただ、転ばないように、褥瘡ができないように、もく社会に戻れるようにと、それだけを祈ってきてきたのに。
『いいこと、美さん。ここでを張ってあの子を追いしたら、あんた、本当に何もなくなるわよ』
義母の声のトーンが変わり、底の悪い脅しを含んだものになった。
『考えてもごらんなさいな。
広告
あんた、会社を辞めてもうよ? 歳で、何のキャリアも途切れて、職もない。あの子に逃げられたら、あんたはどうやってきていく気?』
喉がつかえて、言葉がない。 それは、昨夜からずっと、私の胸の最もい所で燻っていた、どす黒い恐怖そのものだった。
『男なんてね、ちょっとの空気を吸わせれば、すぐに事の変さに音をげるのよ。で掃除も洗濯もできやしないんだから。あんたが妻として、どっしり構えて「いつでも帰っておいで」って言ってればいいの。に騒ぎてて婚だなんてことになったら、困るのはあんたの方なのよ?』
「……私は、都のいい政婦じゃありません」
『都のいい政婦で結構じゃないの!』 義母は平然と言い放った。
『あんたが放したらね、これまでの、あの子の排泄物の処理までして捧げてきたあんたの苦労は、全部タダ働き、無駄骨になるのよ! あんたはをドブに捨てて、ただのき遅れた無職のオバサンに戻るだけ! それでもいいわけ!?』
ドブに捨てる。 タダ働き。
受話器を握るが、刻みに震えた。 義母の言葉は、劣で、品で、吐き気がするほど醜悪だった。 だが同に、徹な現実を恐ろしい精度で射抜いていた。
もし今、夫の背を押して「勝にしなさい」と突き放せば。 私のは、体何だったことになるのか。
失った役職は? すり減らした骨は? 髪の増えた私のと、荒れ果てた指先は? 誰が、それを補償してくれるというのか。