みかん小説
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"歩けるようになった夫が、最初に捨てたのは私だった" 第1話

、毎握り続けていた属のたさが、ので消えていた。

押し入れの奥、使わなくなった毛布の隙に、折りたたみ式のアルミ製松葉杖を押し込む。 カチャリ、と乾いた音がした。

「……やっと、終わったんだ」

誰もいないで、声にしてみる。 声は震えていなかった。ただ、張り詰めていた奥歯の力が、ようやく抜けていく覚があった。

キッチンに戻ると、コトコトと煮込むビーフシチューの甘い湯気が、リビングいっぱいに広がっていた。 赤ワインと玉ねぎをじっくり炒め、角切りの牛すね肉がスプーンで崩れるまで、煮込んだ。 夫の、好物だった。

子からベッドへ、ベッドからポータブルトイレへ。 あのい体を抱き起こすたび、私の腰からは鳴のような鈍痛がった。 歳で介護用品メーカーの営業主任に昇したその翌、夫は交差点でトラックにねられた。 半麻痺、歩再の見込みは極めてい。医師のその言葉を聞いた夜、私は会社に退職届をした。

「私が、健介さんをたせる」

そのだった。 朝の体位変換、排泄の介助、清拭、関節が固まらないための毎のマッサージ、そして週回のリハビリ通院への付き添い。 自分の健康診断は、度も受けていない。美容院にくすら惜しくて、伸びた髪はいつも呂で自分で切っていた。

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初めて夫が平棒のにち、自力で歩を踏みした、夫は私の肩に顔を埋めて、子どものように泣いた。

『美、ありがとう。おがいなかったら、俺はとっくにんでた』

あのの夫の涙と、首筋にかかったい吐息を、私は今でも昨のことのようにいせる。 だからこそ、今というは、私たちのがもう度始まる記になるはずだった。

午半。 カギが回り、玄関のドアがく。

「ただいま」

靴を脱ぐ音。 壁にをつく気配はあるものの、杖の突く音はしない。 しっかりとした取りで、夫がリビングに入ってきた。

「お帰り、健介さん。、痛まなかった?」

エプロンでを拭きながら迎えると、夫は私の顔を瞬だけ見て、すぐに線を逸らした。

「ああ。問題ない。病院からここまで、普通に歩けた」

「すごいじゃない! 先も驚いてたんじゃない? 今は健介さんの好きなシチューにしたの。赤ワインも、しだけならいいって言われてるでしょ?」

夫は何も言わず、テーブルのいつもの席に腰をろした。 子の引き方、座り直す作。すべてが、の「健康だった頃の夫」に戻りつつあった。 それが誇らしくて、嬉しくて、私はいシチューの皿を両で運んだ。

テーブルに向かいって座る。 テレビをつけず、カトラリーが触れう静かな音だけが響く。

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「……美しいよ」

「本当? よかった。からは、しずつ散歩の距も伸ばせるわね。かくなってきたし、駅の向こうの公園までってみない? あそこの桜、ちょうど咲き始めてるって」

私がこれからの予定を並べてていた、そのだった。

カチャリ。

夫が、持っていたスプーンを皿の縁に置いた。 属のい音が、自然なほどきく響いた。

「美」

「ん? おかわり、あるよ」

「……俺、ここをるよ」

ので、言葉がを結ばなかった。

「え?」

「来週、引っ越す。くに、単用のワンルームを借りた」

シチューをに運ぼうとしていた私のが、空で止まった。 界が、ぐらりと揺れる。

「……引っ越すって、誰が?」

「俺が」

夫はの籠もらない、ひどく平板な声で言った。 ポケットからつ折りにされたを取りし、テーブルの真んに滑らせてくる。

そこには、見慣れない産会社のロゴと、信販会社の印鑑。 『賃貸借契約』 契約者の欄には、夫の几帳面な跡で、名と現の所が記入されていた。

「待って……どういうこと? 暮らしって、リハビリの訓練の環とか、そういうこと? ウィークリーマンションでし自活を試してみる、みたいな?」

必で、都のいい解釈を探した。 夫は自したがっている。男としてのプライドを取り戻したがっている。 そう自分に言い聞かせようとした。

夫は、ゆっくりと首を横に振った。

「そうじゃない。普通の賃貸だ。契約で敷も礼も払った」

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